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BP08 御宅の紋章
「見てみい、ほんまに並んどるわい、わしらのCD」

 CDショップの店内で西秋が指差す先に、東京におけるBPのファーストシングル「スウィート・カステイラ」が置かれていた。
「ほんまじゃ。何やらこそばゆい感じじゃのう」
 壊れ物でも扱うように、大木がCDを手に取った。
「寮の近在じゃあ一枚も見んかったもんなあ。さすがアキバじゃ」
 大木の手元を覗き込みながら、芦野が驚く。自分たちのCDが実際に陳列されているのを見たのは、三人ともこれが最初だった。

 碇ベンツの提案を受け、今年いっぱいでBPの定期的な出演枠がなくなる亀戸に代わり、秋葉原におけるプロモーションが計画されつつあった。三人は「アキバ」の現状を自ら調査するため、初めてこの地に足を踏み入れた。
 戦後の焼け野原から電気街として再生した秋葉原は、高度経済成長の波に乗り発展した。1980年代に入ると一般の家電にかわってAVや情報家電、その後マイコンからパソコンが商品の主流となっていった。90年代後半にこの地は劇的な変質を遂げる。PCゲームの隆盛によって激増したゲームソフトのショップを皮切りに、アニメ、コミック、フィギュアなどありとあらゆるオタク文化が集結し、オタクの街アキバとして一躍、世界的に知られるようになったのだ。
 近年、この場所に集まるオタクたちをターゲットに、週末の歩行者天国でストリートライブを行うインディーズバンドやアイドル予備軍が、ぽつりぽつりと現れるようになった。碇はこの新しい流れに、いち早く目を付けたのだった。

「うわあこの店、壁も天井も半裸の巨乳キャラで埋め尽くされとる」
 西秋が目を剥いた。
「こっちはアニメ絵でいっぱいじゃ。萌え? こういうのが萌え?」
 大木の頬はなぜか上気している。
「あれを見んさい。ビルの壁一面にでっかい幼女じゃ」
 芦野はぽかんと口を開けたままだ。

 初体験の秋葉原は、見るもの聞くものが新鮮、というより、意表を衝く光景の連続で、三人は圧倒されっぱなしだった。他所では公言し難い欲望を様々な角度から拡大し歪ませた形でプレゼンテーションする街と、それを求めて集まる人々。じわじわと浸食してくるような濃密な空気に、BPは少しばかり怖気を震っていた。
 約束の場所に碇ベンツの姿があった。この状況下では、たとえそれが碇であろうとも、知った顔がいるのは心強いことだった。

「やあ、久しぶり。さてどこから案内しようか」
 サングラスを外してニッコリと笑うものの、爽やかとは言い難い。
「それより福岡ではすまんかったのう。もう大丈夫か、大事な袋は」
「いやいや絶好調だよ、いい刺激になった」
「……訊かにゃあ良かったのう」
 西秋が辟易して言う。まあ今回ばかりは仕方があるまい。
「まだちょっと時間が早いけど、ほら」
 碇が顎で指し示した先を追うと、あちらこちらの建物の陰で足下に機材らしきものを置いて、周囲の様子を窺ういくつかの集団が目に入った。羽織った上着の下から派手な衣装を覗かせている者もいる。
「演奏待機中のバンドだ。あっちは売り出し前のアイドルとスタッフだろう」
 休日のひとときを楽しむオタクや買い物客や観光客らが入り交じる歩行者天国で、それらのグループは張りつめた雰囲気を発散していた。
「これはすごいな、碇さん……」
 大木が神妙な声で言う。
「だろう?」
「……おでんの自販機がある」
「そっちかい!」
 碇と西秋と芦野が同時に突っ込んだ。


★  ★  ★


 正午を回り、人波もますます増えてきた頃、動きがあった。機会を伺っていたグループの一つが、荷物を抱えて走り出した。
「始まったな」
 碇がニヤリとして言った。
「よく見ておきたまえ」

 四、五人の若い男たちが素早くドラムやアンプをセッティングする。相当慣れているのだろう、全く無駄のない動作で瞬く間に演奏の準備を整えた。ギターとベースがチューニングを確認する脇から一人の少女が歩み出て、羽織っていたガウンを脱ぎ捨てると、のどかなざわめきに満ちていた歩行者天国は一変した。
 いきなり吠えたディストーションギターに、道ゆく人々は一斉に振り返る。真っ赤なメイド調の衣装を着けたボーカルの少女がマイクスタンドを鷲掴みにして叫び始めた。
「おまたせーっ! さあ今日もいくよぉおーーーーっ!」
 途端に人ごみの中からわらわらと揃いのTシャツを着た一群の男たちが姿を現し、演奏を始めたバンドの前に陣取った。おなじみの曲なのだろうか、イントロに合わせてオイオイ奇声を発し、手拍子を打ち、くるくる回り、ジャンプし、見事に統制の取れた動きを見せている。

「これは……」
 秋葉原で数時間を過ごし、この特殊な場所に慣れてきたと感じていた西秋も、目を疑う光景だった。
「ヲタ芸だ。今日は少々待たされたぶん、最初からノリがいいね」
 碇が解説を加える。
「ちょっと客が近過ぎやせんか。今にも触れそうじゃ」
 芦野が顔をしかめる。
「路上では、あれが普通だよ。人気があればあるほど距離は狭まる傾向にある」
 あの妙な手拍子はなんじゃ、と大木。
「PPPHと呼ばれている。ほら、パン・パパン・ヒューと言ってるだろう」

 このバンドが演奏を開始したのをきっかけに、あちこちでライブが始まった。この街に集まる人種の好むあらゆるジャンルの音楽が、最大限の音量と人目を惹き付けるパフォーマンスで自己主張している。歩行者天国は地獄の釜が開いたような様相を呈していた。

「阿鼻叫喚とはこのことじゃ」
 轟音の響き渡る街の中で、西秋はすっかり毒気に当てられていた。こんな場所で果たして自分たちに、視線盗む引力が発揮できるのだろうか。様変わりした風景をぼんやり眺めつつも考えを巡らせていると、碇がひと言「あ」と洩らした。

 通りの向こうから制服警官が大挙して押し寄せ、演奏の中止を命令した。
「はい、終了、終了ー。今日はここまでー」
 ライブを行っていたバンドやアイドルたちは、しぶしぶ撤収の準備をはじめた。取り巻いていた観客たちの輪も、少しずつ崩れて消えていく。しかしそんな中、演奏を続ける猛者もいた。
「こらそこ止めんか。検挙するぞ」
 それでも演奏は止まらない。警官がアンプのスイッチを切りプレイヤーを取り押さえようとして、小競り合いが始まった。何すんだこのポリ、暴力振るうのか善良な市民に。何が善良だ迷惑なんだよお前ら。何だとこら、おい、触んな。あ、こいつ抵抗したな、公務執行妨害だぞ、逮捕だ逮捕だ現行犯だ。うるせえ馬鹿、出来るもんならやってみやがれ。
 乱闘になった。バンドは楽器やマイクスタンドを振り回し、警官は特殊警棒で応戦する。呼子が鋭い音で空気を切り裂き、応援が続々詰めかける。ギタリストの手が滑り、宙を飛んだギターが一人の警官の顔面にヒットする。鮮血が飛び散った。一瞬躊躇したバンドメンバーを警官隊が取り囲み、押しつぶした。動けなくなったメンバーを容赦なく警棒で殴りつける。現場は一瞬にして血の海と化した。けたたましくサイレンを鳴らしながらパトカーが人込みを縫って到着し、回転する赤色灯が周囲をますます赤く染めていった。

「さて、お茶でも飲んで帰ろうか。もうおしまいのようだ」
 碇が事も無げに言う。
「ちょ、ちょ、ちょ。そんな落ち着いとる場合じゃなかろう。どえらい騒ぎじゃ」
 西秋はあまりの事態に気が動転していた。
「いやあ、最後は大体こんなもんだよ。お約束だ」
「こ、こ、こんな危険な場所でライブするんか、わしら」
「だから、さっさと逃げ出せばいいのさ。そうだ、短距離走のトレーニングもしておいた方がいいかもね」
 たしかこの近くにいいメイド喫茶が、などと辺りをキョロキョロしながら、碇はどんどん先に行ってしまった。
「秋葉原は怖い所じゃ………」
 青くなった西秋の傍らで、芦野と大木は言葉もなく立ち尽くしていた。


★  ★  ★


「いいね。若手芸人の悲哀をリアルに描いている。セカンドシングルにふさわしいと思うよ」
 ひととおり曲を聴き終えて、柴山が木野に言った。
「ありがとうございます。タイトルは『モノクローム・ヨシモト』で」
「わかった。会議にかけてみよう」
 BPの秋葉原報告を前に、木野から出来上がったばかりの新曲が発表された。ツアーにおける『スウィート・カステイラ』の販売成績が上々だったため、早くも次のシングルをリリースすることが決定していたのだ。
「カップリング候補の曲も引き続き頼むよ。で、どうだった、秋葉原は?」
 柴山は木野から西秋に話を振った。

「話にならん。あんたちゃあ、わしらを殺す気か」
 西秋が強い口調で抗議した。
「ほんまじゃ。広島でもあがいな殺伐とした光景は見たことないわい」
 大木も声を荒げて言い立てる。芦野が話を引き取った。
「まあ今回はひとつ、そういうことで」
「何がひとつだ。そんなに酷い有様だったのかい、碇さん?」
 いつの間にか碇も、ちゃっかり7型ルームでのミーティングに参加していた。
「いや、たまたま血の気の多いバンドが警官と衝突しただけですよ。他は至極平和的な雰囲気で……」
「あれが平和なら、戦場だってレジャーランドじゃ」
 西秋が噛み付く。
「ありゃそもそも、未成年者が歩いていい場所じゃあなかろう」
 芦野も言い添えた。あんなものやこんなものが、一瞬、頭の中を駆け巡った。
「だいたい見たか、あの客たち」
 大木は、観客が奇声を発しながら跳ねたり回ったりする様子を思い出して、身震いした。
「亀戸の客は、あんなじゃあなかったぞ。穏やかに笑うて普通に手拍子してくれて、こないだなんぞ『頑張ってください』言うて、アメまでもろうた」

「ぬるいねえ」

 碇があきれたように言い放つと、大木がきっと睨み返した。碇はそれには構わず話し続ける。
「そんな場所でぬくぬくしているようじゃ、先が見えてるよ。だいたいアキバに君たちがポンと出てきて、いきなりオタが集まると思う? まあ最初は鼻も引っかけられないだろうね」
「何じゃと」
「大木さんはお気に召さなかったかもしれないけど、彼らの嗅覚はとてつもなく鋭いよ、何しろ生活のほとんどすべてを現場に捧げているんだからね。一目見てダメだと思われたらそれまでだ。今までいくつものバンドやアイドルがストリートライブに挑んで敗れ去っている」
 いつになく真面目な口調の碇に、大木は口をつぐんだ。
「そのかわり、一旦認めたら入れ込み方は尋常じゃない。ライブの出来るスペースには限りがあるから、人気のない者はたちまち淘汰されてしまう。あの日路上で演奏していたのは、オタたちのお眼鏡にかなった連中だ。さらにヲタ芸で盛り上げてもらえるのは一種の勲章と言ってもいいだろう」
「あれだけ騒がれては、かえって邪魔になるじゃろう」
 芦野もあの光景には違和感を拭えなかった。
「観客がちょっと騒いだくらいで潰されるようなパフォーマンスをしてるのかい、君たちは?」
 そう言われては、返す言葉がない。碇は厳めしく言い終えた。
「とにかくアキバはガチだ。これだけは間違いない」
 やりとりを聞いていた柴山が口を開いた。
「よしわかった。人員やタイミングのこともあるし、この話はひとまずペンディングに……」

「ガチとは面白そうじゃのう」

 西秋がにやりと笑いながら言い、全員が彼女に注目した。西秋の目は爛々と輝いていた。
「ああ、また西秋さんの病気が出てしもうた……」
 大木と芦野が頭を抱える。こうなるともう西秋は、誰の言葉にも耳を貸さなくなってしまうのだった。


★  ★  ★


「で、もう西秋がすっかり乗り気になってしもうてのう」
 寮の食堂で芦野がぼやく。
「まんまと碇さんに騙されとるような気がするわい」
 隣で大木が三杯目の飯を頬張りながら言う。困ったことが起こると食欲が増進するらしい。
「あたしもアキバには、よう行っとるよ。面白い所だがね、あそこは」
「えっ、マーニャはオタクじゃったんか」
 一緒に食事を摂っていたマーニャの言葉に芦野も大木も驚いた。
「フィギュアだの同人誌だの見に行くんだがや。他所にはなかなか置いとらんでしょう、そういうの」
「意外じゃのう……」
 半裸のああいうのや幼女のああいうのが所狭しと掲げられたショップの並んだ通りを、きりりとした美人顔のマーニャが歩くところを想像するのは、ちょっと難しかった。大木は尋ねた。
「じゃけど、ああいう場所には、女の人は少ないんじゃろう」
「ほんなことあらすか、普通に歩いとるよ。ナンパもされんもんで安気だに」
「そうか。しかし何がええんじゃ、あがいなもん」
「とろくさいこと言っとったらいかんわ。オタク文化は世界の最先端トレンドだがや」
「せきゃあの?」
「せゃあせんたん?」
 芦野も大木も、さらに驚いた。
「日本のアニメが世界で人気て聞いたことあるでしょう。ほれだけやないよ、ゲームもコミックもどえらい人気なんだわ。欧米でもイベントやるとさいが、ようけコスプレしやあす人がござるらしいよ」
「ほうほう」
 二人は頷きながら聞くばかりだ。
「ほいだで、そういうのはまあ一部の趣味でのうて、世界に出いても通じる文化になっとるの。美術家の村上隆てみえるでしょう、知っとりゃあす?」
「聞いたことがあるような、ないような」
 芦野の口調は、何とも心もとない。
「その村上さんもオタクやったんだわね、そんな風潮があるって気が付いたもんだで、何とか勘考してオタク要素を取り入れた作品を作ってみるとさいが、どえりゃあ受けてまって、もう世界的な人気作家だがね。一点、何千万もしやあすって」
「はあ……」
「とにかくオタクは自分らが興味あることにかけては、どえりゃあ敏感なんだわ。だで、その人らに受け入れられるかどうかは、アイドルとしての素質が試されるいうことだがね」

「そのとおり」
 いつの間にか背後で聞いていた西秋が、ぱちぱちと拍手をしながら言った。
「マーニャはよう判っとるのう、碇さんとおんなじ事を言いよる。さすがじゃ」
「西秋さん、いつから聞いていりゃあたの」
「村西カントクがどうこうという所からじゃ。芦野、大木さん、やっぱりオタ受けするのは大事なことじゃろう」
「西秋は勝負が好きなだけと違うんか」
「芦野、この稼業は何事も勝負、勝ったもんだけが生き残れるんじゃ。それに聞いとったろう、一発当てれば世界じゃ、世界」
「ほんまかのう……どうも納得がいかんわい」
「それより、セカンドシングルが決まったんじゃ。それに合わせてアキバはどうじゃと、柴山さんから連絡があったぞ」
「おお、決まったか。しかしアキバ……悲喜こもごもじゃのう」
 茶碗を持ったまま複雑な顔をする大木の背中をばしばし叩きながら、西秋が言った。
「ははは、次は地上戦じゃけえ、ようけ食べて基本体力をつけときんさい」


★  ★  ★


 Black Perfumeのセカンドシングル発売と秋葉原での路上ライブが決定した。季節は間もなく冬を迎えようとしていた。


つづく

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【2007/02/16 18:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

プロフィール

pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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