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BP07 長い髪の男
「皆さんこんにちは! 三人揃って……」
「Black Perfumeです!」

 メンバーのほとんどが学生であることから、HORNET7大都市ツアーは彼女たちの夏休みに合わせて行われた。初日の大阪、BPは「風に吹かれて不機嫌ジェニー」「おいしいレシチン」「スウィート・カステイラ」の三曲を引っさげて登場した。初めての本格的なホールライブだ。亀戸とは比べ物にならない観客数、巨大PAから迸り出る大音量のトラック、ステージを突き刺す色とりどりの照明、何もかもが初めての体験で、三人は緊張の極みに達していた。しかしそれも歌い始めるまでのこと。四ヶ月に及ぶサンデーストリートでのライブで、彼女たちのステージ感覚は本人たちが思う以上に成長していた。観客の熱気を自らのエネルギーに変換し、再度客席に打ち返す。興奮のキャッチボールで会場は熱を帯びていった。

「ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!」
 楽屋に戻った西秋は、がんがん壁を叩きながら叫んだ。リミッターが吹き飛んで、昂った感情のコントロールが効かなくなっているようだ。
「おいおい西秋、手がどうかなってしまうぞ」
 芦野が西秋の腕を掴んで気を鎮めようとする。
「何を落ち着いとるんじゃ、芦野。ばり凄かったろう、わしらのステージは!」
「わかったわかった。わかったから壁は止めときんさい。穴でも開いたら弁償じゃ」
「あはははははははは!」
 今度は大木がテーブルをばんばん叩いて笑い出した。こちらもすっかり壊れている。
「面白かったあぁーーーーーーーーっはははははは!」
「ああもう、始末に負えんなあ二人とも。もう好きにせい」
 楽屋のドアを乱暴にノックし、廊下で柴山が声を張り上げた。
「何を騒いでるんだ。さっさと次の準備をしないとステージに穴があくぞ」
「わかっとるけえ、ぎゃんぎゃん言いなさんな。ほれ西秋、大木……」
 まったくこの小ムスメどもは。ぶつぶつ文句を言いながら歩き出した柴山は、足下の掃除用バケツに蹴つまずいて派手に転倒した。
「……こりゃあダメじゃ」
 みんな浮ついてしもうとる。転がるバケツの音に、芦野は嘆息した。

 終演後、翌日の移動に備えてHORNETメンバーは宿舎に入った。当然すぐに就寝できるはずもない。ライブの興奮を引きずったまま、彼女たちは時間の経つのも忘れて話し込んだ。ようやく各自が割り振られた部屋に引き取った頃には、すっかり夜が更けていた。疲れ切ったBPは、エクストラベッドを押し込んだ三人部屋に入るなり、ベッドにもぐって丸くなった。

「顔がよう見えんくらい後ろの方まで人がおったのう」
 眠気で呂律が回らなくなっているのに、西秋はまだ話し足りなかった。
「『カステイラ』で皆、手を振ってくれとった。すごい数じゃった」
 ライブの光景は芦野の目に焼き付いて、瞼を閉じてもはっきり見えるようだった。
「一日であがいにえっと握手したんは初めてじゃ。手がグロープみたいになっとる」
 普段は人見知りで握手の苦手な大木だが、今日ばかりは夢中で手を握った。本人としては、もう一年分くらい握手した気分だ。
「げにありがたいことじゃ。CDもようけ買うてくれて……」
 西秋が話し続けていると、やがて二人の寝息が聞こえてきた。
「おい芦野、大木さん、まだ寝なさんな。もっと話そうや。わしはまだまだ眠れそうにないんじゃ」
 返事はない。二人はすでに深い眠りに入っていた。
「なんじゃい冷たいのう、さっさと寝てしもうて。こんないい気分の夜に寝るのは勿体なかろう……わしはまだ、ふわぁ……まだ眠くは、なくは……眠るとまた……夢が……夢、は、もう……ねむ……いやじゃ……」
 西秋もついに睡魔に屈服し、枕に顔を埋めて眠りに落ちていった。


★  ★  ★


「昨夜うなされとらんかったか、西秋さん」
 カーテンを開けて朝日を招き入れながら、大木が西秋に尋ねた。
「え? いや、よう覚えてはおらんがのう。疲れとったんじゃろう」
「そうか。気付かんかったか、芦野は」
「わしはいっぺん寝てしもうたら絶対起きんけえ」
 ベッドの上で伸びをしながら芦野が答える。
「訊くだけ無駄じゃったわい。まあ何もないんならええが……」
「大木さん、それより今日は福岡じゃろう。ライブ後は屋台に繰り出そうや」
「そうじゃのう。そがいに食欲あるんじゃったら大丈夫じゃ。ははは」
 笑いにまぎれて話はそれきりになったが、西秋の気持ちは少しくもった。またあの夢を見てしもうたようじゃ。

 福岡でのライブも大成功だった。亀戸など来たことがないだろう観客のほとんどはBGとBoysTileが目当てではあるものの、ポップでスピード感溢れるステージは、彼らにBPを強く印象づけた。会場に設けられた物販スペースでも、彼女たちのCDは前日をしのぐほどの売れ行きだった。
 詰めかける客たちに笑顔を振りまき、握手し、CDを手渡し、と懸命に応対する西秋は、ふと自分を見つめる粘っこい視線に気付いた。ぴくりとしてその視線の主を捜すと、ロビーの片隅にたたずんでいた長髪でサングラスの男が、柱の陰にあわてて身を隠すところだった。
 なんじゃあいつは。気にはなったものの、長蛇をなす客たちの相手はあまりに慌ただしく、男のことは、じきに意識の片隅に追いやられた。

 ようやくすべてが片付き、三人がくたくたになって向かった楽屋の前に、最前の男が立っていた。男はにやつきながら、サングラスの奥から彼女たちを値踏みするかのような目で眺めていた。
「やあ、お疲れさま。待っていたよ」
「お疲れさまです。えっとー、あのー、関係者の方ですか」
 西秋がおずおずと尋ねる。もちろんよそいきの口調だ。
「あれ、僕のこと知らない? そりゃあご挨拶だなあ」
「すみませーん、まだ新人なんです」
「はじめまして、碇ベンツです」
 男はサングラスを取って名乗った。聞いたことのない名前だった。
「自分で言うのもアレだけどさ、サブカルの方じゃ、ちょっと知られてるんだけどな」
「は、はい……」
 三人は訝しげに男を見ながら、わずかに後ずさった。
「今日のステージを観て感動したよ。これぞアイドル界の極北だと思ったね」
「極北?」
「そうさ。今やアイドル界は冬の時代を迎えている。この解体されたアイドル像を再構成するのに、すでに提示された型をなぞるのは不毛以外の何ものでもない。状況を打破するためには、あらかじめ予定された残酷な結末を裏切る装置が求められているんだ。狂気は一つの解答ではあるが、まあ、ふふふ、安易に過ぎる」
 三人はあっけにとられていた。
「資本主義において性もまた消費の対象となるのは必然だ。アイドルが備えるべき特質においてもそれは然りである。だが、身体的な欲望と社会の要請から逸脱する意味での欲望とでは、機能に明らかな違いがある。はたしてそれは観念だけによる産物なのだろうか?」
「あのー」
「君たちは一種のトリックスターとして現代に挑戦状を叩き付けるしなやかな武器だ。機械的なリズム、操られたようなダンス、それらは支配に対する反逆の衣装を君たちに与え、ともに闘う者たちの旗印となるだろう。僕はそう確信した!」
 男は、自らの言葉に酔ったように熱く話し続けた。
「あのー、すみません。全然わからないんですけど」
「あー難しかった? だからさ、何と言うかさ、早い話……」
 我に返った男は、声を一段低くして続けた。
「……僕が君たちにコネをつけてあげようってわけ」
 そう言いながら男は、西秋の肩に手を回そうとした。
 その瞬間、西秋の髪が揺れたかと思うと、男は股間を押さえて床に転がっていた。西秋が目にも止まらぬ速さで、したたかに蹴り上げたのだった。
「サブカルごときに用はないわい! 舐めんな!」
「どうした西秋」
 大声に慌てて駆けつけた柴山が見たのは、口から泡を吹いて悶絶する碇の姿だった。


★  ★  ★


 BPがツアーで全国を回っている間も、7型は精力的にサウンドプロデュースを行っていた。毎回毎回のステージでのデータをフィードバックし、それぞれの会場に合わせてきめ細かい変更を加えたトラックを、現場に送信していたのだ。回線状況が許せば、リアルタイムで音場をコントロールすることさえできる能力を、7型は持っている。
 7型はそれと平行して新曲の制作も進めていた。ひと昔前の3DCGがじわじわとレンダリングされるにつれ鮮明さを増していくのに似て、徐々にメロディとサウンドが研ぎ澄まされていく。木野は、そのプロセスを眺めるのが好きだった。BPのデータを食べれば食べるほど、7型の創作意欲は高まっていくようだ。いや、もし機械に意欲というものがあればの話だが。そしてそれとともに吐き出されるあの不思議な文字列も、木野をよりいっそう虜にする魅力に満ちていた。


 ずる べる るずる けうける ぼをつきぬこ むず つ とさえも かしいおち す

 つぼをつきぬけ うけることさえも むずかしいおち ずるる ずる すべる
 ツボを突き抜け ウケることさえも 難しいオチ ズルル ズル スベル


「コノ キョクハ ドウデスカ」
「いいですね。今までより緩やかなテンポがとても心地良い。繊細さが感じられます」
「アリガトウ」
「歌詞も間もなく仕上がります。良い曲になりますよ、これは」
「BPハ ヨロコンデ クレル デショウカ」
「もちろんです」
「BPガ イナイト サミシイ デスネ」

 寂しい? 7型はどんどん感情を獲得しているようだ。それが良いことなのか悪いことなのか、木野にはまだ、まったく判断がつかなかった。


★  ★  ★


 ツアーはその全行程を無事に終了し、学校、レッスン、亀戸という日常がBPに戻ってきた。全国ツアーの経験は彼女たちをひと回り大きく成長させていた。
 夏の興奮もおさまり秋が深まった頃、7型のスタジオで行われたスタッフミーティングで柴山が意外な話を持ち出した。
「碇さんから提案があったんだ、BPのプロモーションについて」
 西秋は驚いて聞き返した。
「碇って、あの碇か? わしが金玉を潰した」
「潰れてない潰れてない。彼はあの一件以来、何故か君を気に入ってるらしいぞ、西秋」
「そいつぁひとつも嬉しゅうないわい。しかし悪いことをしたのう、あの時は」
「あらためて謝りにいったら向こうが恐縮していたよ、申し訳ないと」
 芦野が話の続きを促した。
「それで、その提案とは何じゃ」
「この冬で亀戸の週末ライブが一旦終了するだろう。それに替えてストリートライブをやらないかと言ってきた」
「ストリート? 路上でということか。場所はどこじゃ」
「秋葉原だ」
「秋葉原?」
 三人が揃って聞き返した。
 
 BPが上京してから一度も足を運んだことのない場所だ。この馴染みのない街が、いずれ彼女たちに大きく影響してくるのを予想するものは、今のところ誰一人いなかった。


つづく

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【2007/02/11 18:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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