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BP06 失われた時を止めて
「はい、じゃあ次はおニューいきます。聴いてください、BPで……」
「おいしいレシチン!」

 西秋のリードで三人揃ってタイトルコールするのがBP流だ。7型と木野コンビの最新ナンバーは、畳み掛けるようなリズムと音の洪水で亀戸の観客を驚かせたが、評判は上々だった。

 この場所でライブを開始してはや三ヶ月、強い日射しが真上から照りつける季節になっていた。毎回の集客は安定し、HORNETの名は徐々に浸透していった。この成果をもう一段高い位置まで押し上げるため、全国7大都市ツアーの開催が決定した。メンバー全員が参加しての大掛かりなステージだ。寮生合同のレッスンと矢継ぎ早に出来上がる新曲をマスターするのとで、BPは今までにない忙しい日々を送っていた。

「ツアーに合わせてHORNETのコンピレーションCDを制作する。それに加えて、君たち自身のCDもリリースすることになった」
 7型のオペレーションルームで柴山が三人に告げた。
「え。レーベルが決まったんか」
 大木の顔から笑みがこぼれる。
「嬉しいのう。ようやく本格デビューじゃ」
「まあまあそう先走るな、発売元はConfuseだ。HORNETのプライベートレーベルだよ」
「なんじゃ結局インディーズか。事務所は大きいんじゃけえ、コレをアレしてメジャーでポンとはいかんもんか」
 西秋が親指と人差し指で輪っかを作って言う。
「今も事務所のコレで三食付きの居候じゃないか。四次元ポケットのない何とかエモンだ」
「そこまで丸うはなかろう。確かに、逆さに振っても何にも出てきやあせんがの」
 芦野がフォローにならないことを言う。
「ともあれ、ツアーで物販に並べるアイテムがないと寂しいだろう」
「枯れ木も山の賑わいとは見くびられたもんじゃわい」
 西秋が頬を膨らます。
「それだけではもったいないから、全国発売もするがね」
 柴山がにやりとしながら発表すると三人の表情はくるりと変わり、まことか!と躍り上がって喜んだ。

「シングルノ アレンジデハ テンポガ アップシマス レンシュウ シテクダサイ」

「え。もっと速うなるんか」
「大木さん、また口ん中噛みまくって血塗れになるのう。KISSと間違えられてしまう」
 素で驚く大木を西秋がからかう。
「歌詞の追加で『さ行』の単語もたっぷり出てきますから。よろしくお願いします」
「木野さんまで、わしを苛めよる。すっかり作家先生じゃ」
 大木が頭を抱えた。
 BPの新しい展開に三人はもちろん、スタッフ全員が活気づいていた。


★  ★  ★


 HORNETのステージは全員及び各ユニットのパフォーマンスに加え、メンバーの様々な組み合わせによる、いくつものパートで構成される。大木はマーニャ、Monday、BoysTileの理絵らと組んでSPADEをカバーすることになった。アクターズステージ以来BPとして活動してきた大木にとって、舞台で西秋、芦野以外と歌うのは初めてのことだ。彼女は、いつもと違った状況に興奮を覚えた。

「大木さん、こういう曲も歌いはるんやねえ」
 意外そうに理絵が言う。
「いやあ、わしは元々SPADEファンじゃったけえ、さんざん歌いよったんじゃ」
「ほんまどすか。それやったらテクノより、こっちの方が向いてはんのんちがいます?」
「どえりゃあノリノリで歌っとったがね。いっぺんも噛めせんかったし」
「あれは7型が無茶言いよるからじゃ。ほいじゃけど、こがいに気持ち良う歌ったなあ久しぶりじゃ」
「うだでじゃ。な、かだてけでいがだ」
「すまんのう、Mondayよ。やっぱりよう判らんわい」

 BPでは感じることのないグルーブにもまれるうち、大木はあの人見知りだった少女時代を思い出していた。真綿で包まれたような実感のない毎日から自分を引っぱり出してくれたのは、このリズムだ。心臓をぎゅっと掴まれ、その瞬間から世界がいきいきと立ち上がったのだった。出会った頃の音楽の喜びを全身で感じ、大木の心は高く舞い上がっていった。


★  ★  ★


「リズムニ オクレテイマス キュウケイ シテカラ モウイチド」

 7型が大木に何度目かのダメ出しをする。西秋と芦野のパートはとうに終了していた。コンピュータルームに併設される録音ブースから出てきた大木の、レコーディングに身の入らない様子を見て、西秋はいささか苛立っていた。
「大木さん、心ここにあらずじゃのう。歌に飽きたんなら故郷に帰りんさい。見送りくらいしてやるわい」
「そう言うちゃいけんぞ、西秋。調子悪い日もあるじゃろう」
 芦野が大木を気づかう。
「申し訳ない。ちょっと疲れがたまっとるだけじゃ、次はきっちりやるけえ」
 そう答える大木の表情はどことなく沈んでいる。
「おいおい、言い返さんとこを見ると、げに調子が悪いんじゃの」
 西秋が慌ててソファから立ち上がり、大木に場所を譲る。ソファに腰掛けた大木は、そのまま長々と横になった。
「ケロリンや正露丸くらいの常備薬ならありますけど」
 木野が腰を浮かせながら言う。設備は最新鋭でも、福利厚生にはあまり配慮されていないようだ。
「続けられるか? 無理なら明日に……」
「ちょっと休んだら良うなるけえ、大丈夫です」
 大木は柴山が言うのを遮って答え、大きく息を吐いて目を閉じた。

「オンセイニ ブレガ アリマス」

「ぶれ? そりゃどういうことか、7型さん」
 西秋は7型に聞き返した。訪れる機会が増えるごとに当初の違和感も薄れ、彼女たちと7型は普通に会話ができるようになっていた。
「コウドウニ マヨイガ アルトキノ パターンデス」
 7型の言葉に、大木はぼんやりと目を開けた。何を迷っとるんか、わしは。
「悩みでもあるんか、大木」
 芦野が心配そうに大木を見る。大木はか細い声で答えた。
「判らんのじゃ、歌い方が。もうすっかり忘れてしもうた」
「いつも寮でさんざん歌うとるじゃろ。何を今さら」
 西秋が不思議そうに尋ねる。昨夜も大木が手荒たちと練習していたのを確かに見ている。あんなに楽しそうに歌っていたではないか。
「違うんじゃ西秋さん。いつものように歌おうとしても、なんでか息が詰まってしまう」
「息が詰まる……。妙じゃのう」
「まるで誰かに邪魔されとるようじゃ」
「うーん」
 西秋は考え込んだ。

「柴山さん、やっぱり今日はここまでにしてもらえんじゃろうか」
 西秋の申し出を柴山は受け入れた。
「ただ日程はギリギリだ。明日にはレコーディングを終えないと」
「わかった、何とかしてみるけえ。じゃけど」
「だけど、何だ?」
「確約はできん。無理じゃったら今回のCDは無しにしてもらおう」
「ばかな。今さら予定の変更などできない。分ってるのか、CDをリリースするのにどれだけの準備が必要か」
「それを承知で言うとる。覚悟の上じゃ」
「自分でチャンスを潰す気か」
「怪談じゃあるまいに、皿の一枚や二枚どうなろうと構わん。わしが潰しとうないのは大木じゃ」
「わしもそう思う」
 芦野も西秋に同意し、二人の結論に柴山は苦い顔で黙り込んだ。
 三人のやりとりを聞いていた大木は、やりきれない思いで顔を背けた。

 その晩、ツアーに向けて寮生がレッスンに励むスタジオに、大木の姿はなかった。


★  ★  ★


「大木さん、ちょっとええか」
 大木の部屋の前で西秋が声をかけた。寮に戻ってから、大木はずっと自室にこもりっきりだ。
「鍵は開いとるよ」
 大木の返事に、西秋はドアを開けて部屋の中に入った。大木はベッドの上に倒れ込んだままの姿勢で横たわっていた。
「心配かけてすまんな」
 大木は西秋と顔を合わせずに言った。むしろ、合わせる顔がなかった。
「ええんじゃ、それより気分は良うなったか……いや、そうは見えんな」
「わしらしくもないのう。情けないわい」
「7型さんは迷いがある言うとったな」
「……」
 大木は何かを言いかけて止め、やがて思い直したように口を開いた。

「わしは……BPに向いとらんかもしれん」

「何を言いよる。もう二年も一緒にやってきとろうが」
「寮に帰ってからも、今日のことをずっと考えとった。歌うのを邪魔したんは、きっとわし自身じゃ」
「わし自身? 判らんのう。歌うのが嫌になった、いうことか」
「わしがわしに、歌わせとうなかったんよ」
 首を傾げる西秋に、大木はぽつりぽつり昨夜の練習のこと、そして思い出した、SPADEと出会った日のことを話し始めた。
「あの日SPADEに出会ってはじめて、わしは自分が生きとるのを実感した。歌に救われたんじゃ」
 大木は続けた。
「そりゃもうたまげたわい、世界は何と鮮やかな色彩に満ちておるんじゃろうと。空は透き通って、それでも深い青じゃった。林檎はぴかぴかの赤じゃった。飼っとった犬の毛は濃い茶色、薄い茶色、黒、白、一本として同じ色がないほどじゃった。おまんまは白かった。ただ白いんとは違うぞ、あらゆる色の光が全部集まって、白く輝いとるんじゃ。色だけじゃなかった。匂いも味も、いろんなものの手触りも、そしてもちろん音も。あらゆる刺激が押し寄せて、わしは自分が初期魔法にふらついとるのかと思うたほどじゃ」
 世界を発見した驚きが伝わっているのか、西秋はうなずきながら大木が話すのを聞いていた。
「昨夜の練習でその記憶と一緒に、その頃のわし自身が目を覚ましよった。その子にとっては、SPADEの音楽と世界とがイコールで結ばれとる。それ以外の曲を歌うことは、その子から世界を奪い去るに等しいことなんじゃろう」
「昔の大木が今の大木を邪魔しとると? じゃけど、昨日まではBPの曲も歌うとったろう」
「新しい発見も、それが普通のこととなれば日常じゃ。成長すれば他の音楽があることも知るし、興味も広がるわい。BPの活動もその延長じゃ」
「ほいじゃあ何で……」
「あの日の記憶がよほど強く刻まれとったんじゃなあ。きっとその子は小さいまま、その瞬間に生き続けとるんじゃ。幸福な時間を奪われるくらいなら死んだ方がましと思うとる、子供はわがままじゃけえ」
「それで歌おうとすると息が止まるんか」
「おかしなもんじゃのう、同じ歌じゃろうに」
 大木は力なく笑った。

 無理に歌わせようとすれば、大木は本当に二度と歌えなくなってしまうかもしれない。これは案外根っこが深いのう。西秋は思案に暮れた。ゆっくり時間をかけて、大木の中にいる幼い日の大木を納得させるのが一番の方法だろう。しかしそれではCDはおろか、BPの活動まで暗礁に乗り上げてしまう。そして、大木にもそれはよく分かっていた。
「じゃから、わしさえBPから抜ければ……」
「まあ待て」
「ほいでも……」
「大木さんをBPに引き込んだのはわしじゃ。わしが必要ないと判断せん限り、あんたがBPから抜けることは許さんぞ」
「西秋さん……」

 ドアの向こうで何か物音がして、西秋は振り返った。下の隙間から一通の封筒が差し込まれていた。

「なんじゃこりゃ。大木さん、手紙じゃ」
 西秋は、浦安のネズミが印刷された封筒を大木に手渡した。不思議そうな顔をした大木はようやく半身を起こして受け取り、大木黒綾ノ様と書かれたそれを裏返して差出人の名を探した。
「Mondayからじゃ」
 大木は封を開けて手紙を取り出した。


「拝啓 大木様

 今日は練習にいらっしゃいませんでしたね。お加減はいかがでしょうか、心配
 しています。
 ゆうべは初めて大木さんと本格的に歌うことができて、嬉しかったです。

 私は幼い頃から身体が小さく、すぐ寝込んでしまうような子供でした。歌を始
 めたのは、肺を大きく動かすことで健康になるからと聞きつけた、両親の勧め
 がきっかけです。毎日練習するうち、言われたようにどんどん体力がついて、
 人並み以上に健康的な生活が送れるようになりました。歌も、自分ではかなり
 上手くなったと思います。背は小さいままでしたけど。
 そうこうするうちにスクールの推薦を受け、HORNETに誘われました。別に嫌
 な話でもなかったので参加を決めたのですが、よくよく思い返せば私には、歌
 で何がしたいとか考えたことがまったくなかったのです。好きかどうかを聞か
 れればもちろん好きに違いはありません。でも、それはTVのドラマや毎月の少
 女雑誌を好きなのと同じ意味合いでした。
 
 蜂の穴に暮らすようになり、周りの皆が夢に溢れているのを見て、私は置いて
 きぼりにされたような気がしました。皆には目標があるけれど、私には何もな
 い。そんな思いにとらわれて沈み込んでいた時に見たのが、「ジェニー」の練
 習をしていた大木さんです。
 聞いたこともないような曲を、私が習ったテクニックや感情表現とはまったく
 違ったやり方で、そして、誰よりも心から楽しんで歌っている様子に、私は一
 目で惹き付けられました。当然、大木さんも夢や目標があってHORNETに参加
 されたことと思います。でも私は大木さんの歌う姿に、ああ、音楽って楽しい
 ものなんだ、ということをはじめて教えられたのです。

 私に音楽の新しい一面を垣間見せてくれた大木さんに感謝しています。それを
 お伝えしたくて手紙を書きました。すみません、うまく喋れないもので。
 長々と読んでくれて、そして、歌の喜びを教えてくれてありがとう。

                              敬具

 追伸
 『今回のツアーで大木さんと組めることになり、私は本当に喜んでいます』
 昨日の練習で私の言ったのは、こういう意味でした。
 では、また一緒に歌いましょう。待っています。」


 手紙を読み終えて、大木はしばらくの間、黙ってうつむいていた。やがて笑いながら顔を上げた大木の頬に、涙が光っていた。
「Mondayがこんなちゃんとした文章書けるんじゃなあ。話す言葉はよう判らんけど」
「おいおい大木さん、そんな感想かい」
「西秋さん、知っとったか。わしは……わしは楽しそうにBPをやっとったんじゃと」
「知っとるとも。あんたぁ歌うとる時は、ほんまに楽しそうじゃ。自分でも判っとるはずじゃろう」
「ほんまじゃのう、ほんまじゃのう。教えてくれたMondayに礼を言わにゃあ。小さいわしにも教えてやろう、たとえSPADEじゃなくても、歌は楽しいんじゃとな」
「小さい大木さんは、眠ったまんまじゃったけえ、それを知らんかったんじゃのう。よう話して安心させてやりんさい。急がんでもええぞ、わしと芦野は気が長いのが取り柄じゃ」
「へえ、西秋さんの気が長いとは初耳じゃ。湯沸かし器より早う湯気立てるのは誰じゃったか」
 笑っているのに涙は止まらなかった。大木も、心の中の小さな大木も、一緒になって泣いていたのだった。


★  ★  ★


 翌日、三人は揃って7型のスタジオに現れた。レコーディングは滞りなく終了し、BPの全国デビューとなるCDが完成した。
「スウィート・カステイラ」。BPは新たな一歩を踏み出した。


つづく

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【2007/02/07 12:00】 | あばれ旅
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あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

プロフィール

pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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