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BP05 時計じかけのアレンジ
「紹介しよう。YS-TK 7型だ」
 柴山の言葉は、三人の理解できる範囲をはるかに越えていた。

 呆然と立ち尽くす三人の脇から、ふいに線の細い女性の声がした。
「二分の遅刻です」
 他に人がいるとは気付かなかったBPは驚いて声のする方を見た。目が慣れるにしたがい、明滅する光を背にしてエルゴノミックチェアに身を沈めた、白衣の小柄な女性が浮かび上がった。まだ若いようだが、その声は実に冷静だった。
「厳しいな。これでも相当急いできたんだけどね」
 柴山が苦笑いする。
「時間厳守はすべてに優先します。失った時間は一秒たりとも取り戻せませんから」
「悪かった。じゃあ早速紹介しよう、この三人が……」
「Black Perfumeですね。西秋さん、芦野さん、大木さん。データどおりです」
 白衣の女性は、順に顔と名前を照合するかのように三人を見ながら言った。きらりと眼鏡が光る。
「ほいじゃあ、あんたがプロデューサーなんかいのう」
 西秋が闇に目を凝らし、睨みつけるような表情で言う。理解不能な状況に、彼女はいささか腹を立てはじめていた。
「いいえ、私はオペレーターの木野と申します。プロデューサーは目の前のこれ……」
 彼女は明滅する光の壁を指していった。それは部屋全体を埋め尽くす、前面にLEDのインジケーターが配された大型ロッカーにも似たの箱の列だった。

「……YS-TK 7型、正しくはYield Systems of Tensility Keynote #7。HAMAYAが開発中の人工知能です」

「人工知能? 機械がわしらをプロデュースするんか!?」
 大木の声は裏返っていた。芦野の言葉には思わず笑いが混じる。人は極度に混乱すると笑い出すらしい。
「柴山さん、冗談も休み休み言いんさい。てゆうかありえない。いくらなんでも機械が……」
「こんな手の込んだ悪戯を仕掛けるほど暇じゃない。本当だよ、このコンピュータが君たちのプロデューサーだ」
「こがいな茶番に付き合っておられるか! 芦野、大木さん、とっとと帰ろうや!」
 西秋は怒り心頭に発した。踵を返し部屋を出ようとする彼女の背中に向かって、7型が問いかけた。

「『ジェニー』ハ キニイリマシタカ」

 ぴたりと足を止め、西秋はゆっくり振り向いた。目が据わっている。
「ほほう。わしら、もうすでに踊らされとったいうわけか」
 柴山が7型に続いて言う。
「しかし悪くなかっただろう、あの曲は。7型が君たちのデータを分析して何千という候補から選択し、アレンジし、トラックを作成したんだ。テストケースとしては上出来だと思うがね」
「あんたの青春スケッチブックに付き合わされるより始末が悪いわ!」
「私も7型の選曲には驚いたし、心配もしたよ。何しろ自分の曲だったからな。だが君たちがステージで『ジェニー』を歌うのを聞いて確信した。こいつの性能は本物だ」
「うっさい! 音楽が性能で測れるか。算数とは違うんじゃ!」
「計算で導き出されたサウンドだけなら面白くも何ともない。でもBPが歌えば、それは音楽になる」
「何じゃと?」
 西秋が片方の眉を吊り上げる。

「YS-TK 7型も、あなたたちを必要としているのです」
 木野が話に加わった。
「開発を始めて7台目のプロトタイプ。理論的にはほぼ完成に近づいたはずのマシンですが、どうしてもラストピースが足りないのです」
「そうじゃろう。機械に音楽は作れまい」
「そんな初歩的な段階の問題ではありません。音響自体は完全に数値化できるのですから」
「ほいじゃったら、何が問題なんか」
 芦野は横から尋ねながら、同じ質問をつい最近口にした気がした。
「確かなことは解りません。しかし柴山さんがこのプロジェクトに加わったとき、その手掛かりを発見しました」
「手掛かり?」
「7型が曲を創り出すにはまず、期待する結果に応じた膨大なデータを入力する必要があります。柴山さんが用意したあなたがたのデータを与えた瞬間、7型の作業パターンが大きく変化したのです。出力結果は理想に大きく近づきました。つまり……」
 BPの三人は押し黙って、続く言葉を待ち受けた。
「……ラストピースは、あなたたちが持っているのです」

「だからいうて、わしらが機械に奉仕する理由にはならんわい」
 話の展開に戸惑いながらも、西秋の怒りは依然として収まってはいなかった。
「君たちは規格外なんだよ」
 柴山が話を引き継いだ。
「君たちは歌もダンスも熱すぎる。広島時代のシングルでずっと違和感を覚えていたのはそこだ。曲の枠組みを破壊してしまい、BPそのものの印象しか残らない」
「いかんのか、それが。狙いどおりじゃ」
「一曲や二曲ならそれでいい、注目を浴び話題にもなるだろう。しかしそこまでだ」
「そこまで……」
「そう。今、君たちが持っているのは勢いだけだ。パッケージとしてBPのクォリティを向上させる必要がある。でなければ先はないよ、断言しよう」
「クォリティを上げるのにコンピュータか。数値で管理されるようなわしらと思うな」
「逆だ。君たちに期待するのは、数値の先にあるものだよ」
「7型とBPがせめぎあうことで、わたしたちは創造の秘密を手にできるのです。協力していただけませんか」
「どう言われようと納得がいかん。大体あんたちゃあわしらを何だと……」

「わしはやってみたいな」

 芦野がぽつりとつぶやいた。西秋は目を丸くして芦野を見た。
「気でも違ったか。わしらおちょくられとるんじゃ」
「知りたいんじゃ、わしは。そのラストピースいうんが一体何なのか」
「そんなことは、どうでもええじゃろう。機械の曲が歌える思うとるんか」
 大木もあわてて芦野を止めようとする。
「じゃけんど『ジェニー』を演っとるとき、二人とも結構楽しかったろう」
 芦野は西秋と大木を交互に見た。
「たしかに変わった曲じゃったが、わしは好きじゃ。どうして機械の曲に魅かれたんかのう」
「もともとは柴山さんの曲じゃろうが。気をしっかり持ちんさい」
 芦野が何を考えているのか理解できず、西秋は戸惑った。
「西秋も判るじゃろう、ありゃあもう原曲とは別物よ」
 確かにそのとおりだ、西秋は反論できなかった。芦野は続けた。
「わしなあ、この間NYAOさんに言われたんじゃ、わしらにはピリピリくるもんがあるとな。それとは違うかもしれんが、わしはBPの『ジェニー』から何かを感じた。その何かが、わしらと他の誰か、たとえ機械との出会いで生まれたものだとしても、わしは自分の中にあるその種子を見てみたい。きっとそれのことじゃろう、ラストピースちうのは」
 淡々とした口調に、かえって西秋は芦野のひりつくような想いを感じた。芦野のなかで変わりつつものがある。西秋には、それをあっさりと摘み取ってしまうことはできなかった。西秋の気持ちが揺らいだ。
 
「そがいにうまく運ぶとは思えんがのう。テストなんじゃろう、まだ」
 西秋は柴山に話を向ける。気勢をそがれてすっかり落ち着いた声だ。
「テストの段階はもう終わっている。次はトライアルだ。実際に曲作りに取りかかる」
 西秋は大木に目をやる。大木もしかたないという表情を浮かべていた。
「どうじゃろう、大木さん」
「やってみますか、西秋さん」
「ええんか、二人とも」
 芦野の顔がぱっと明るくなった。
「乗りかかった船じゃけえ。そのかわり沈む時も一緒じゃ。覚悟しんさい」
 西秋が柴山に挑むように言った。気がつくと、誰ひとり踏み込んだことのない場所を目指して進むことに、今や西秋は興奮を覚えていた。

「アナタタチト シゴトガデキテ ウレシイデス」

 7型が感情のない声で喜びを告げると、三人は思わず身を固くして互いに寄り添った。決心はしたものの、この奇妙な状況にはなかなか慣れることができそうにない。
 しかしそれを聞いた木野は耳を疑った。7型が自らの感情を表現するなど、かつてなかったことだ。7型は木野の予想を超えて大きく変化し始めていた。


★  ★  ★


「おっかさん、なんでわしを見てくれんのじゃ」
 西秋が母親の後ろ姿に向かって問いかける。
「わしが何か悪いことをしたじゃろうか。あやまるけえ、こっち見てくれんさい」
 涙声で訴えるのにも母親は一顧だにせず、背中を向けてうつむくばかりだ。母はそのまま消え去ってしまうに違いないという予感にとらわれ、西秋の頭は恐怖で膨れ上がる。ほら、だんだん母の影が薄くなっていく。もう二度と会うことはできないだろう。膝枕で微睡むことも、あの胸に顔を埋めて懐かしい匂いに包まれることも、もはや叶わない望みだ。
「おっかさん、行っちゃいけん」
 西秋の悲痛な叫びに初めて気付いたように、半分透き通ってしまった母がゆっくり振り返る。しかしその顔立ちは闇にかき消されて判然としない。西秋は、自分が母の笑顔を覚えていないことに気付き、戦慄する。

「おっかさん!」

 大声を上げて西秋は跳ね起きる。明け切らぬ薄闇にぼんやりと、いつもと変わりない自室の様子が目に入った。またあの夢だ、上京してしばらく見ることはなかったのだが。西秋は頭を振ってベッドを降りた。全身にかいた汗が冷えて寒い。肌に張りつくパジャマを脱ぎ捨ててシャワールームへ向かう。朝までにはこの不安から抜け出さなければ。
(ホームシックとは、わしらしくもないのう)
 そうではないことを知りつつ、西秋はそこに答えを求めようとしていた。


★  ★  ★


 7型がBPのために作った初めての曲「おいしいレシチン」は、アップテンポの賑やかなものだった。だが親しみやすい曲調とは裏腹に、そこには発音できる限界を超えるほどの音符が詰め込まれ、並大抵の苦労で歌いこなせるものではなかった。その日、寮のレッスンスタジオで最初に音を上げたのは大木だ。
「ああもう。何度歌っても舌を噛みそうになるわい。やっぱりあの機械は絶対故障じゃ」
「大木は普段でも、ようけ噛みよるでのう」
 芦野に突っ込まれて大木は渋面を作った。
「しかし、それをさっ引いても忙しすぎるじゃろう。わしでもなかなかまともにゃあ歌われん」
 柴山に渡されたCD-Rをプレーヤーから取り出しながら西秋が言う。

「ほうやけど西秋さん、どえりゃあええ曲だがね、それ。私は好きだがや」
 練習を聞いていた同じ寮生のマーニャだ。ロシア人と名古屋人のハーフで、くっきりとした顔立ちと、こってりとした名古屋弁がアンバランスな魅力を醸し出している。
「コンピュータが作っとるんでしょう。他にはあれせん音がしとりゃあすわ」
「歌わされる方の身にもなってみんさい。自分が機械になった気分じゃ」
「したばって、聞いてら人はあずましくなるんず」
「Mondayよ。わしにゃ津軽弁はいたしいけえ、まだよう判らんのじゃ。まっことすまんのう」
 蜂の穴に暮らすメンバー中、最年少なのが青森からやってきたMondayだ。身体も細く小さいが、その声量は寮内で一、二を争う。ただ、日常会話を成立させるのにはいささか労力を要した。
「Mondayも、すぐ言葉に慣れます。私たちは、同じ、日本人なのですから」
 しゅんとしたMondayを沖縄出身の手荒が慰めた。小麦色の肌と伸びやかな四肢が南国を感じさせる。喋り方がぎこちないのは、共通語の特訓中であるせいだ。
「手荒の話し方は7型を思い出すのう。頭が痛いわ」

 BGやBoysTileと違ってまだデビュー前のBPと他の三人は、毎日こうして寮内のスタジオに集まるようになっていた。刺激が何よりも好物な若い才能は、あらゆるものを貪欲に吸収してゆく。フロアからは、彼女たちの成長で放出される熱気が渦を巻いて立ちのぼっているようだった。
 そんなデビュー予備軍のうち、唯一BPの戦略だけは他のメンバーと決定的に異なっていた。もちろんYS-TK 7型によるサウンドプロデュースという形態がその最たるものだが、それ以前にテクノポップという今や存在すら忘れられているジャンルを選択し、そこでアイドルとして売りだそうというのは、現在の音楽市場において無謀以外の何ものでもない。一歩間違えれば色物として受けとられかねない、危うい設定でさえある。HORNETの基本コンセプトがR&Bのヴォーカル・ダンスユニットの集合体であることからも、BPの異質さは際立っていた。彼女たちの活動を寮生全員が興味深く見守っていた。それはどこか希少動物を観察するのにも似ていた。

「7型はギリギリの曲を作って、わしらの性能を試しとるんかのう」
 芦野にそう訊かれ、西秋は腕組みをしながら答えた。
「あるいは、わしらの限界値を引き上げよう、いうつもりかもしれん。好意的に解釈すればな」
「少なくとも、わしの滑舌に対する課題なのは間違いなかろう」
 疲れ切った顎を突き出して言う大木に、皆が一斉に笑った。BPにとっては、まったく笑い事ではなかったのだが。


★  ★  ★


 7型は作曲のみならず作詞能力も併せ持つ総合的な音楽創造アーキテクチャだ。ただ、サウンドに比べてテクストを扱う能力は貧弱で、どこかで見かけたことのあるような凡庸な詞を吐き出すのがやっとだった。しかしBPのプロデュース作業に入って以降、明らかな変化が現れた。支離滅裂な言葉の断片を猛烈な勢いで出力し始めたのだ。木野の目には、まるで7型が熱に浮かされているかのように映った。
 木野は何が起こったのかを解明しようと躍起になったが、原因は皆目判らない。プログラムのチェックに疲れた彼女は、出力されたテクストをぼんやり眺めるばかりだった。

 らぶす けい れしちん おいしう こつ きみ ぱ いすの の

 漫然と視線を泳がせながら、彼女は戯れにその文字列を並べ替えてみた。すると、朧げながら意味らしきものが浮かび上がってきた。

 おいしうこつけいのれしちん きみのらぶすぱいす
 美味し烏骨鶏のレシチン   黄身のラブスパイス

 はっとして、木野は他のテクストも引っ張り出してみた。やはり、ここには何かがある。まるで暗号でも解読するように、彼女は奇妙な魅力を放つ文字列に取り組んだ。それまで一貫して理系の道を歩んできた木野にとって、こうした作業は全く縁のなかったものだ。だが彼女は、数字とは違う次元の論理にのめり込んでいく自分を発見していた。どうやら7型と同じく自分も熱に浮かされているらしい。もしかするとBPは質の悪いウイルスではないのか。
 言葉の断片を紡ぐにつれ、新しい意味が生み出されてゆく。その快感に夢中になった彼女は、やがて一編の歌詞を完成させた。「おいしいレシチン」は、7型がBPの為に作った最初の曲であると同時に、機械の生み出したパーツを言葉に変換する一風変わった作詞家、木野の処女作でもあった。

 BPと7型、さらに木野は、一つまた一つと曲を作りあげ、互いを巻き込みながらますます関係を緊密にしていった。BPのサウンドは明確な形をとり始めていた。


つづく

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【2007/02/04 01:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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