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BP04 亀戸電撃作戦
 芦野がスタジオの照明をすべて点灯すると、部屋の隅にNYAOが膝を抱えて座り込んでいた。

「うわあ、びっくりした。そがあな所におりんさったか」
「ああ堪忍な、驚かして。ちょっと考え事しとってん」
「邪魔はせんけえ、ゆっくりしとってください。おやすみなさい」
「ええんよ芦野。そうや、しばらく話さへん?」
 そう誘われては断るわけにもいかず、芦野はぎこちなくNYAOの隣に腰を下ろした。

「芦野、もう寮には慣れた? 毎日きついやろ」
 何故だろう、いつもと違って変に優しい声だ。芦野は戸惑った。
「いえ、わしらまだまだですけえ、もっと頑張らんにゃいけん思います」
「真面目やなあ。あんたたち見てると、昔の私を思い出すわ」
「昔いうて、わしと五つしか違わんし」
「そう、五つも違うんよ」
「そがいに大きい差じゃろうか」
「大きいよ、五年て」
 ふと言葉を切って、NYAOは寂しげな表情になった。

「私なあ、このHORNETが最後のチャンスや思うとるねん」

 雲の上にいるように感じていた人の思いがけないひと言に、芦野は耳を疑った。
「最後って。でもNYAOさん、歌も踊りもえらく上手いじゃろう。わしゃあ、あんたほど力のある人を見たことありゃあせん。おまけにスタイルええし、美人じゃ」
 NYAOの顔は少しだけほころんだが、やはりその表情は寂しげなままだった。
「ははは。歌と踊りが上手いだけで売れるんなら、私はとっくにミリオンセラー出しとるよ。実力と人気は別モンや」
「じゃけど、実力ありさえすりゃあ……」
「もうデビューして五年経っとんやで。その間にグループ名も変わったし、メンバー交代もあったし、ソロでもやってみたんや。それでもなあ、なかなかうまくはいかんのんよ」
「……ほうじゃったら、何が問題なんかのう」
「わからへん。わからへんけど、トップに立つ者には会った瞬間ビリビリくるものがあんねん。それはほんまや」
「ビリビリ、ですか」
 NYAOはちょっと間を置くと、首を傾けて芦野に視線を移した。
「私はなあ、正直あんたたちが羨ましいわ。あるんよ、あんたたちにはそれが。私はそう思う」
「まさか!」
「嘘やないよ。まあ、まだピリピリくらいやけどな、正味な話」
 芦野はどう答えていいか判らなかった。
「がんばりや。私は好きやで、あんたたちのこと」
「NYAOさん……」
 芦野の胸に、名付けようのない何かが込み上げた。

 NYAOは勢いよく立ち上がり、腰の辺りを払って言った。
「さあもう寝るわ。おおきに、付き合ってくれて。明日は亀戸や、よろしくな」
「は、はい。おやすみなさい」

 一人スタジオに残された芦野は、NYAOの出て行ったドアをいつまでも眺めていた。


★  ★  ★


 夜が明けた。亀戸ライブの初日だ。

 亀戸とは東京23区の東部、江東区亀戸にあるショッピングモール、サンデーストリートを指す。イベントスペースを備えたこの場所で、毎週末イベントが行われる。HORNETとして若手のタレントをまとめて出演させることで、Confuseはこのスペースに定期的なスケジュールを確保したのだった。BPも当然出演することになるわけだが、二曲しかない持ち歌はHORNETの路線とは相容れない。BGやBoysTileのサポートをする他に披露できるものは、柴山の用意したあの一曲だけだ。それでも彼女たちは、与えられた機会をみすみす逃すような真似はしなかった。今日から始まるステージで彼女たちはトップバッターだ。むろん、それは前座とも呼ばれる役割だったが。

「芦野、大木さん。ええか、わしらは懐メロ歌手とは違う。この曲を最新キラーチューンのように響かすんじゃ」
「わかっとる。持てる力をすべて注ぎ込んで――」
「――はみ出した部分がBPじゃな」
「そのとおり、さあ出番じゃ!」

 三人はピコピコした電子音に乗って、まばゆく光る舞台に登場した。観客は聞き覚えがあるはずなのに、それでも初めて聞く不思議な音楽に耳を奪われた。
 BP向けに再アレンジされた「風に吹かれて不機嫌ジェニー」は、原曲のキッチュな手触りがなりをひそめ、キュートなチップチューンが全編にちりばめられていた。なおかつテンポはアップしてスピード感が増し、ハウスミュージックの洗礼を受けたリズムは四つ打ちでより低音を効かせたものとなった。BPの声と振付けが加わって、それは新しさと懐かしさを兼ね備えた、まったく新しい曲として生まれ変わっていた。

(うまくいきそうだ)

 客席の後方でステージを見ていた柴山は、確かな手応えを感じた。BPのために選択されたサウンドプロデュースの方向性は間違っていない。彼は計画をさらに進めることにした。三人に関するあらゆるデータに加え、過去二十年間にわたる音楽市場の動向、さらには小説、映画、ドラマ、アニメ、アートや風俗から政治、社会情勢、事件、事故、自然災害に至るまで、ありとあらゆるモノとコト……要求されている情報はまだ山のようにある。しかし、例えば外来種によるタンポポの遺伝的撹乱に関するレポートなどというものが、なぜ音楽制作に必要なのか、彼にはまったく理解できなかった。まあしかたがない、今は奴に賭けてみるしかないだろう。

「お疲れ。よかったよ」
 舞台の袖でNYAOに声をかけられ、芦野は少し顔を赤らめた。
「ありがとうございます。わし、NYAOさんのバックもきっちり務めますけえ」
「なんや、今日は頼もしいな」
「へへ……。まかせといてください」

 控え室に戻ると西秋が芦野に尋ねた。
「NYAOさんと何かあったんか。えらい仲良うなって」
「ああ。いや、べつに。なんもありゃあせんよ」
「それより早うビラ配りにいかにゃあ。次のステージが始まってしまうぞ」
 大木が二人の間に割り込み、会話は曖昧なまま終わった。
 西秋は芦野から受ける印象が、どこかいつもと少しだけ違うのに気付いた。しかし、それは決して悪い感じではない。まあ詮索するまでもないだろう、芦野が大丈夫ならそれでええ。
 西秋はビラの束をとり、二人の後を追った。


★  ★  ★


 週末の亀戸ライブが始まって一ヶ月が経った。ライブが定期的に開催されることもあって、少しずつHORNET目当ての固定ファンが客席を埋めるようになっていた。いまのところ一曲しか持ち歌のないBPの仕事の中心は、相変わらずバックダンスのサポートとビラ配りだ。地味な活動だが、広島時代のことを思えばなんのことはない。むしろ、ほんの少しの時間でも定期的に人前に立つことで彼女たちは着実に舞台感覚を掴み、「ジェニー」をすっかり自分たちのものにしていた。

「お歌のおねえちゃん」
 ビラを抱えた西秋のスカートを引っ張るものがあった。彼女が振り向くと、四、五歳の少女が西秋を見上げてにっこり笑っていた。
「おねえちゃん。私にもちょうだい」
「お嬢ちゃん、見てくれるんか。ありがたいのう。ほれ、持っていきんさい」
 西秋がビラを手渡すと、少女はありがとう、と言って駆け出した。
「おかあさん。ほら、もらったよ」
 少女がビラを高く掲げて母親のもとに駆け寄るのを、西秋は目を細めて眺めていた。
「可愛ええ子じゃったのう。西秋さん、子供好きなんか」
 突然、背後から話しかけた大木の声で、西秋ははっと我に返った。
「いや、嫌いじゃ。とくにおなごはな」
 少女を見ていた時の微笑みは、西秋の顔からすっかり消えていた。
「とてもそがいな様子にゃあ見えんかったがのう」
「嫌いじゃ。弱っちいし小狡いし、すぐ泣くしのう。嫌いじゃ、おなごは」
「そんなむきにならんでもええ。おかしな奴じゃのう」
 大木は腑に落ちない顔をしながら、ビラ配りに戻った。

 上京した当初は、あまりに変化が大きすぎて家族のことを考える余裕もなかった。しかし日々の生活にも慣れてくると、西秋は自分の心が依然としてあの日、あの場所で凍りついているのを感じていた。ふと気を緩めると忍び込んでくる馴染み深い感覚を断ち切るように、西秋は声を張り上げた。
「HORNETのライブです。よろしくお願いします」
 今の家族はHORNETじゃ。面倒見にゃならんのはBPじゃ。ちゃんと前向かんかい、西秋。彼女は心の中で自分を叱咤した。

 その日のライブが終わると、柴山が三人を待っていた。
「車に乗れ。行く所がある」


★  ★  ★


「いつもいつも、いきなりじゃのう。わしらにアーバンライフを楽しむ余裕を与えようちう気はないんかいの」
 移動用に使っているワゴン車の後部座席から、西秋が厭味たらしい口調で言う。
「君にそんな洒落た趣味があるとは知らなかったな。こんど夜景の見えるレストランにでも招待するよ。だが今日は仕事だ」
「あんたとデートとはぞっとせんな。仕事の方がなんぼも嬉しいわい」
「いったい、どがいな仕事なんかいのう」
 芦野が当然至極な質問をする。
「サウンドプロデューサーと顔合わせだ。そろそろ曲が必要だろう」
「わしらの曲か!」
 三人は色めき立った。
「誰じゃそれは。有名な人なんか。事変のカメダとか、DCPRGのキクチとか」
 大木は著名なミュージシャンの名を挙げる。
「そがいなことあるかい。Confuseじゃけえ、クワタか」
 芦野も結構ずうずうしい。
「アンディ・ウォレスがええな、わしは」
 いちばん豪胆なのは西秋だった。どうにも小癪な三人だ。
「君たちの自信には頭が下がるよ。だがね、まだ新人なんだ、プロデューサーも」
「なんじゃ、ぺーぺーか。そんなんにまかせて大丈夫なんか」
「そういう心配は私の仕事だ、西秋君。ああ、ここだ」
 柴山がハンドルを切ると、正面玄関に広く音楽業界で知られる会社「HAMAYA」のサインを掲げた小さなビルが目に入った。車はまっすぐ地下の駐車場に吸い込まれていった。

 車を降り、駐車場から続く人気のない通路を柴山とBPは進んだ。四人の足音だけが虚ろに響き、徐々に世界から隔絶されていくような感覚にとりつかれる。突き当たりの階段をさらに深く深く下る。いったいどこまで潜るのだろう。永遠に続くかと思われた下降は唐突に終わった。地下七階、建物の最下層だ。
「えらい陰気くさい場所じゃ……」
 重苦しい空気に、芦野の声は消え入りそうだ。
「できるだけ外界の影響を受けない環境が必要なんだ」
「それはまた、よほど気難しい先生でいらっしゃるんじゃのう」
 大木が皮肉めいた言い方をした。ただならぬ雰囲気に、憎まれ口でも叩いていないと気持ちが萎縮してしまう。実際見たことはないが、死体置場という単語が意識をかすめた。
 青白い照明は最小限に抑えられ、吐く息が白く見えるほど気温が低い。分厚く固いコンクリートに囲まれた狭い廊下の先に、その部屋はあった。

 柴山が壁面に備え付けられたテンキーを操作すると、鈍く明かりを反射する鋼鉄の扉がスライドした。柴山にいざなわれ、三人は部屋の中へと足を踏み入れた。
 室内は廊下よりもさらに暗い。扉が閉まって射し込んでいた明かりが断たれると、周囲はほぼ暗闇に包まれた。その闇に無数の小さな光が明滅している。耳が詰まりそうな静けさの奥で、何か低く唸っているようだ。
「変わった会議室じゃのう。ルノアールあたりでよかろうに」
 西秋が言うと、柴山は含み笑いで答えた。
「会議室じゃないよ、プロデューサーだ」
「何じゃ? 言うとる意味が判らんわい」
「ここが君たちのプロデューサーなんだよ」
「ここ?」
 まったく状況が掴めず混乱した三人に向かって、どこからともなく声が聞こえてきた。感情のこもらない機械的な声だった。

「ハジメマシテ。ワタシガ アナタタチノ プロデューサーデス」

「紹介しよう。YS-TK 7型だ」
 柴山の言葉は、三人の理解できる範囲をはるかに越えていた。


つづく

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【2007/01/31 18:00】 | あばれ旅
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あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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