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BP03 スズメバチの午後
「西秋、もう片付いたんか」
 芦野がドアをノックしながら訊く。
「まあ大方はな。しかしほんまに狭いのう、まさしく穴のようじゃ」
 西秋が自室からひょいと顔を出して言った。
「西秋んがたじゃあ、ひとりで広ーい部屋を使こうとったもんなあ」
「芦野は角部屋じゃけえ、まだましじゃろう」
「なんのなんの。窓開けたら隣のビルに手が届くわい」
 すでに荷解きを済ませた大木もやってきた。
「しかし、ほんまにここまで来たんじゃのう。夢のようじゃ」
「いやいや大木さんよ。これからじゃ、何もかも」

 都内某所に建つConfuseが用意した宿舎。本格的なレッスンが可能な広々としたスタジオを備えたこの寮が、三人のこれから東京で暮らしていく場所だ。

「しかし妙な名前じゃな、ここは。ほれ、昔プロレス漫画であったじゃろう、虎の……」
「その先は言うちゃいけん、西秋さん。歳を疑われる」


★  ★  ★


「春から東京に来てもらえないか」

 第二弾シングルリリースから一ヶ月ほど経った頃、三人は柴山から、そう打診された。
「東京……」
 三人は突然の話に耳を疑った。もちろん上京は一つの目標ではあったが、まだ中学二年生である彼女たちには、それはもっと先の出来事だろうと思われていた。少なくとも中学を卒業してからだろうと。いきなり直面した現実に、三人は喜びよりもまず不安を感じた。
「社内にも、まだ早いんじゃないかという意見はあった。しかし、ちょっと新しい動きがあってね、それならばという事で時期が前倒しされた」
「動きとは何じゃ」
 西秋が訝しげに尋ねた。
「Confuseの若手女性アーティストを一括してプロデュースする、HORNETプロジェクトが立ち上げられるんだ。君たちにもそれに参加してもらいたい」
「ほいじゃあBPではなくなるいうことか」
「いや、あくまでBPはBPだよ、安心したまえ。しかし急な話だ、すぐには決められないだろうから時間を……」
「その必要はない。わしは行くぞ」

 柴山の言葉を遮って西秋は答えた。いかなる時も彼女には迷いというものがない。自分の立ち位置を客観的に見極め、必要とされるものを瞬時に理解する勘を、彼女は備えていた。それは彼女のまだ短い人生で、身につけざるを得なかった能力でもあった。

「西秋さん、わしも行こう。いつかは通る道じゃ」
 大木は一年半に及ぶBPの経験で、西秋の選択に信頼を置くようになっていた。
「東京には買いもんするとこも、ようけあるじゃろうし」
 芦野はすでに、東京での生活を思い描いているようだ。

「いいだろう。では四月から君たちは『蜂の穴』の住人だ」
「蜂の穴?」
 禍々しい響きの言葉に、三人は眉をひそめた。
「そう、HORNETの寮だ。メンバーは全員そこに住むことになる。住人は皆、毒針を持っているからな。甘くないぞ」
 柴山は意味ありげな笑みを浮かべて言った。


★  ★  ★


「何遠慮してんのん。もっと前でてこな、あかんやん!」
 芦野に鋭い声がぶつけられる。HORNETの先輩ユニット、BGのNYAOだ。
 よろけて足がもつれ、芦野は転倒した。
「はいやめやめ。もうええわ、今日はここまで」
 床を這う芦野に、NYAOが追い討ちをかけるように言う。
「そんなステップも踏めへんの? 四年もスクール通って何を習ってきてん」
「す、すみません……」
「ライブまでもう日にちがあらへんよ。あんたが失敗したら恥かくの、私なんやで」
「次までに、できるようにしておきます」
「たのむわ、ほんま」

 NYAOがスタジオを後にし、BPの三人が残った。転入した中学校から帰って六時間、ぶっつづけで行われたレッスンがやっと終わった。

「大丈夫か芦野。今日は集中攻撃やったのう」
 汗まみれで大の字に寝転がった芦野に大木が声をかける。
「平気じゃ。それより三人揃えて練習もせんとな」
「まずは少し休みんさい。どうせまだ、わしらの出番はほとんどないけぇ」
 西秋が芦野にタオルを手渡しながら言う。
「しかし毒針いう意味が、ようわかったわ。ちくりちくりと痛いのう」
「しょうがないわい。実際他の寮生と比べたら、わしらなんぞひよっこじゃ。西秋も驚いとったろうが」

 蜂の穴に着いて早々、レッスンスタジオに向かった三人は、そこで先に入寮していた数人が練習しているのを目にしたのだった。スタジオに入るや否や、かつて体験したことのないほど張りつめた空気に、三人は足が竦んだ。彼女たちと違って既にメジャーデビューしているHORNETメンバーたちのパフォーマンスは、BPとは桁違いの完成度だった。フロアに鳴り響く轟音の中、彼女たちは、波を切り裂いて泳ぐイルカのごとく力強くしなやかに躍動し、その歌声はどこまでも届きそうなほど滑らかに伸び、そして誰もが煌めいていた。三人はただただ、その光景を見つめる以外になかった。
 一頭のイルカが群れを離れ、硬直したままの三人の前に立った。

「あんたらか、新入りは」
「は、はい。Black Perfumeの西秋です。えーと、この二人は……」
 いつもは勝ち気な西秋も、すっかり雰囲気に飲まれていた。
「自己紹介は後でええ。あんたらにはまず、私のバックダンサーをやってもらうから。亀戸でライブが始まるまで二週間や。それまでに振り覚えてな」
 それがNYAOだった。連日の特訓が始まった。

 HORNETは、Confuseの若手女性アーティストを合同でプロデュースするプロジェクトだ。メンバーとして前出のNYAOが率いる六人グループのBG、四人組のBoysTile、他にデビュー前のソロシンガーが三人、さらにBPの三人を含めた総勢十六名が全国から集められ、蜂の穴の住人となった。わざわざ全員を同じ宿舎に住まわせるのは、プロであるBG、BoysTileと新人とが、互いに刺激を与えあうことを期待してのことだった。
 対外的にこのプロジェクトの目的は効率的な資本投下を謳っていたが、実際の狙いは今の芸能界を牛耳るモーニング少女隊に同様のコンセプトで対抗することだった。世間的に見れば二番煎じなのは明白だ。しかし逆に言えば、そこまでなりふり構わない戦略を取らざるを得ないほど、モー女の勢いは凄まじかったのだ。


★  ★  ★


 芦野がNYAOから手厳しい指導を受けた翌日、三人が学校から戻ると、寮のロビーに柴山の姿があった。

「やあおかえり、待ってたよ」
「久しぶりじゃのう。またわしらをスカウトして、別のプロダクションに売り払う算段か」
 西秋が軽口を叩く。
「相変わらず口が悪いな。寮はどうだい」
「ああ、天国のようじゃわい、ここは。雨露はしのげるし、三度々々の飯には不自由せんしのう」
「その点はムショも同じじゃけどな」
 芦野が話を混ぜっ返す。
「恐ろしい牢名主もおるしのう、芦野よ」
 大木の言葉に、芦野は前日のレッスンを思い出して苦い顔をした。
「まあまあ、取りあえず君たちが元気なのはよく判った」
 そう言って柴山はバッグから一冊のスコアを取り出した。
「今度、君たちに歌って欲しい曲があるんだ」
「わしらに曲が貰えるんか」 
 西秋がスコアに手を伸ばす。
「まだオリジナルは早い。カバーだよ」
 急速に興味をなくした西秋が、気の抜けた声で答える。
「なんじゃ、わしらの歌と違うんか。じゃけど、なんでスカウト担当が曲を持参するんじゃ」
「もうスカウト担当じゃない。今日から私は君たちのマネージャーなんだよ」
 三人は意外な返答に、ぽかんとした。西秋がにやりとして言った。
「ははあ、さてはわしらに惚れんさったな。淫行はいけんぞ、淫行は」
「そんな台詞はおむつが取れてから言うもんだ。それより本番まで一週間しかないぞ、急いで練習しろ」

 スタジオにまだ他の寮生は来ていなかった。柴山がCDをセットすると、彼女たちが今まで耳にしたことのない種類の音楽が流れ出した。それは抑揚のない機械的なリズムとチープな電子音、裏声を使った女性ボーカルの絡み合った、不思議な曲だった。

「ピコピコいうて、妙な曲じゃのう。なんかむず痒いわい」
 大木が顔をしかめて言う。
「実はね、これは私が二十年ほど前にバンドを組んでいた頃、演っていた曲なんだ」
「柴山さん、ミュージシャンじゃったんか」
 芦野が目を丸くして尋ねた。
「まあ、短い期間だったけどね」
「どうにも古くさいな。なんでわしらにこれを?」
 西秋が腕組みをしながら柴山に視線を遣る。
「確かに古い曲だ。しかし、アイドルソングでもない、ロックでも歌謡曲でもない、この微妙なスタンスの曲の方が、広島で君たちがリリースした曲よりもずっと三人の魅力を引き出せると思うんだ」
「わしら自身が微妙ちう意味か」
「それは君が一番よく判っていることだろう」
「ふん。ええじゃろう、やってみるわい。タイトルは何じゃ」
「『風に吹かれて不機嫌ジェニー』。自分で言うのもアレだけど、結構売れたんだよ」
 柴山はちょっと照れくさそうに言った。

 CDは淡々と電子音を奏で続けていた。
 三人が初めてテクノポップに触れた日だった。


★  ★  ★


 深夜、静まり返った寮の廊下を、芦野は一人スタジオに向かった。来る日も来る日も続く激しい練習で全身の筋肉は悲鳴を上げ、まともに歩けないほどだったが、彼女はどうしても翌日に迫ったライブを完璧にこなしたかった。NYAOにも、ましてやBPのメンバーにも迷惑をかけるわけにはいかない。
「もっと前でてこな、あかんやん!」
 NYAOの言葉がまだ離れない。彼女の顔からはいつもの微笑みが消え、小さく震えてさえいた。

 父親の都合で小さい頃から何度も転校を繰り返した芦野は、新しい環境にとけ込むため周囲に自分を合わせることが、いつしか習い性となっていた。どうせすぐまた別れてしまう人々の中で、いらぬトラブルを抱えることはない。一歩後ろに引いて自分を抑える日常を繰り返すうち、彼女は自ら道を選ぶことをしなくなっていた。傷つくよりは、自分の意思を消し去ってしまったほうが、よほど心安らかでいられる。そうして作り上げられたのが、彼女の穏やかな微笑みだった。
 思い返せば、アクターズステージに入学したのも友人に誘われてのことだった。しかしその友人が辞めた後もスクールに残ったこと、BPとして活動を始めたこと、さらには家族のもとを離れ遠く東京までやってきたこと……。彼女はようやく気付いた、この道は自分が選んだものだと。もはや他人のものではない自分自身の現実に、自分自身で責任を取っていくのだ。彼女には、この震えが畏れによるものか、あるいは喜びによるものか判らなかった。きっと、そのどちらでもあったことだろう。

 スタジオの前まで来ると、ドアが僅かに開いてぼんやりと光が漏れていた。怪訝な面持ちでそっと覗いたが、ダウンライトが一つだけ灯った薄暗いフロアには、誰の姿もなかった。

「なんじゃ、スイッチの切り忘れか」

 芦野がスタジオの照明をすべて点灯すると、部屋の隅にNYAOが膝を抱えて座り込んでいた。


つづく

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【2007/01/27 18:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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