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BP13 電気街の幻影
 上京して以来、休むことなく次から次へと新しいことに追い立てられてきた西秋、芦野、大木の三人も、ここへきていきなり真空地帯に落ち込んだように、心もとない日々を過ごしていた。亀戸でもほとんどステージに立つ機会はなく、好評だった秋葉原でのストリートライブは自粛せざるを得なかった。秋にはニューシングルのリリースが決定していたものの、それ以降の予定は全く立っていない。前だけを見て突き進んできた三人にとって、初めて直面した壁である。何より、サウンドプロデュース全般を担当していたYS-TK 7型が停止したことで、BP自体にも沈滞した雰囲気が漂っていた。

 7型との邂逅から約一年、最初はおそるおそる始めた共同作業だった。7型が提供する曲への戸惑いや歌唱指導の厳しさ、そして木野が協力して編み上げるいささかひねくれた魅力のある歌詞。歌い込むにつれてそのエッセンスはBPと化学変化を起こし、やがて両者は切っても切れない関係を築き上げた。7型とBPの出会いは実に幸福であったと言えよう。それだけに、7型を失ったBPの不安は計り知れないものがあった。

 うだるような暑さだけの続く長い夏が終り、BPのサードシングル「ギロチンドロップ」がリリースされた。

「初動は良かったんだけどな……」
 そう言ったきり柴山は腕組みをして目を閉じた。7型のスタジオが使用できなくなってから、会議はもっぱら寮の食堂で行われている。この日も柴山とBPの三人は、夕食前でひと気のない食堂のテーブルを囲んでいた。
「秋葉原のインストアイベントでも評判は悪うなかったがのう」
 西秋も腑に落ちない顔をしている。
「そう、売れてはいるんだよ……アキバではね。ただ、それ以外ではほとんど動きがない」
「ということは?」
「大部分がイベントに集まるファンによる売り上げだということだ」
「わしらの訴求力はオタクさん限定というわけか」
「ストリートライブの影響が、思いのほか大きかったんだろうな。メディアで取り上げられる際も、必ず『アキバ系アイドル』として紹介されていたからね。冠だけが一人歩きしてしまった形だ」

 BPを巷間に知らしめる突破口としてオタク層に狙いを定めた碇の計画は、確かにある程度の成果を見た。しかし、ストリートライブを不本意な形で中止せざるを得なかったこと、さらにはBPが秋葉原で与えたインパクトが強すぎたことも相まって、彼女たちをアキバ系アイドルから広く一般的な位置へと着陸させることは叶わなかった。ただBPと秋葉原を結びつける見方のみが固定されてしまったのだ。そうなると、この限定的な人気はかえって足枷になりかねない。思い返せば彼女たち自身、初めて秋葉原へ足を踏み入れた時にはその濃密な空気に怖れをなしたものだ。
「まだまだ世間と秋葉原との間には深い溝があるんじゃのう」
 西秋は嘆息した。


★  ★  ★


(ここじゃった)

 次の週末、西秋はひとり秋葉原の歩行者天国にいた。この日も、彼女たちが初めてストリートライブをした場所では、明日を夢見るアーティスト予備軍たちがそれぞれの情熱を迸らせている。自分たちもあの時、こんな表情をしていたんじゃろうか。ライブ直前の緊張と興奮を彼女は思い返してみた。
 驚いたことに、ここでライブをしたのはほんの数回だ。しかしそんな短い時間で、BPはいかにこの路上に馴染んだことだろう。最初は尻込みしていた観客から浴びせられる鋭い視線も、彼女たちはエネルギーに変えてしまった。今では心安らかになれる、最も思い出深い場所のひとつだ。いつどこで道を踏み誤ったのだろう。自分を幾重にも取り巻く奔放なサウンドに身を委ねながら、西秋はこの街を振り仰いだ。

 視線を強引に奪う原色の看板。目もくらむフラッシュライト。笑顔を振りまく萌えイラスト。はためく垂れ幕。歩道にまで溢れ出す商品。煤けたコンクリート。暴力的なネオンサイン。壁一面の張り紙。空白を極限まで排除した通りを、集団で賑やかに話しながら、あるいはひとり黙々と行き交う人々……。愛と欲望がうまく折り合いを付けられないで軋んでいるような猥雑さの向こうに、建設中の巨大なビル群が見える。かつてこの街の纏っていた衣が今ではすっかり様変わりしているのと同じく、この風景もやがて消えていくのだ。眩しいガラスとアルミで装われるであろう、あの新しいシンボルのもとで。

 街ごと祝祭に沸き返る秋葉原は、不安定なバランスのうえで輝いていた。享楽の限りを尽くす宴をいつまで続けられるのか、目隠しをしたまま走る危うさと無鉄砲なエネルギーに、西秋は破滅へと急ぐこの街の哀しさを感じた。そしてその先には、また新たな再生の息吹が生まれるのだろうか。秋めいた冷ややかな風が頬を撫でた。
 突然、あるひとつのビジョンが西秋の頭の中で炸裂した。無だけが広がる茫漠とした空間に、地面を割って立ち上がる何本もの光の柱が。一瞬、心臓が飛び出しそうになった。

(一体なんじゃ、これは!)

 彼女はうずうずする心をなだめようとしたが、胸の鼓動はますます高鳴った。強烈な光が徐々に形をなしてゆく。急げ! 西秋はいきなり走り出したくなる衝動をようやく抑えた。早く、この光が消えないうちに皆に伝えなければ。拡散しようとする光の粒子を押しとどめながら、西秋は歩調を速めた。


★  ★  ★


「わしらの手で秋葉原を葬り去る」
 自室で大木と芦野を前にして、ベッドの上にあぐらをかいた西秋がいきなり切り出した。
「は?」
「何を言うとる、西秋?」
 床にべったりと座った大木と芦野は、あっけにとられて西秋を見上げた。無理もないだろう、あまりに唐突な台詞だ。
「秋葉原と決別するんじゃ。それしか道はない」
「よう判らんが、西秋さん。そもそもわしらはアキバ専属のアイドルじゃあないけえ、決別も何もなかろう」
「世間はそうは見ておらん。聞いたじゃろう新譜の売れ行きを。今のわしらは秋葉原に隔離されたも同然じゃ」
「しかし西秋よ。今のわしらからアキバの後ろ盾を取っ払ったら、それこそ自殺行為じゃ」
「芦野。わしらがここで徐々に朽ち果てていくのを、指をくわえて見とるんか。それで平気か」
 西秋は険しい目でふたりを見据える。
「一旦認められればアキバは優しい、碇さんの言うた通りじゃった。しかしそれは真綿で包まれた優しさじゃ。外へと開かれた扉をくぐるには、そこから抜け出さにゃあいけん」
「抜け出す……。西秋さん、なんぞ良い考えでもあるんか?」
 大木に対し、西秋は逆に問い返した。
「わしらは何じゃ、大木さん?」
「あー、えーと、わたくし歌手をやらしてもろうとります」
 大木は居住まいを正した。
「歌手とは何をする人じゃ?」
「そりゃまあ、歌を歌うんじゃろ」
 ぱちぱちぱち。西秋は大木の言葉を拍手で迎えた。
「その通り。わしらは歌で秋葉原に引導を渡す」
「歌で?」
 西秋がますます訳の判らんことを言い出しよった、と二人は頭を抱えた。
「今のわしらを支えている爛熟と頽廃の街、秋葉原を自らの歌でぶっ壊す。晴れてわしらが解放されるためには、それが必要なんじゃ」

 西秋は秋葉原で突如舞い降りたビジョンについて語りはじめた。無の中から突如立ち上がる光の柱と、群れ集う小さな光点。その動きは笑いさざめき浮かれて見える。まるで電子の街と、その住人だ。しかしその世界には哀しみがつきまとっている。かりそめの街はやがて滅びる運命なのだ。

「ソドムとゴモラは神の怒りに触れて壊滅した。そう、わしらは神にならにゃあいけん」
「神様か。そりゃまた大層な」
 大木はくらくらしてきた。
「歌の女神、秋葉原じゃけえエレクトロミューズというところか」
「それを歌にするんか? 少なくともアイドル向きではないのう」
 芦野もまだ、ピンとこないようだ。この内容では電子の街どころか、今まで築き上げてきたBPとしての実績をも無にしかねない。
「もちろん承知のうえじゃ。サウンドもそれに合わせて妥協を許さないハードなものにする。過去に別れを告げる覚悟でな」
「しかし一体誰が作れるんじゃ、そんな歌」
 大木が強い調子で言った。西秋はにっこり笑った。

「7型さんじゃ」

 大木と芦野は言葉を失った。だって7型さんはもう……。
「そもそもわしらを電子の女神に仕立て上げたんは7型さんじゃろう。他の者ではこの曲は書けん。もう一度だけ何とかして7型さんを動かしてもらうよう頼み込むんじゃ。でなければ、わしが無理にでも動かす」
 現実的とは思えない西秋の言葉だったが、その声には有無を言わせぬ力がこもっていた。7型に曲を作ってもらいたい思いは他の二人も同じだ。西秋の意気込みが大木と芦野にも伝染しはじめた。


★  ★  ★


 木野は連日、7型の不審な動作に関する徹底的な調査に追われていた。膨大なログを何度見返しても、なぜ7型が仕様を逸脱するような行動を取ったのかは解明できていない。7型を人間に例えれば、ほんのよちよち歩きの頃から成長を見守っていた木野にとって、今回の出来事は我が子に裏切られたようなものだ。それだけに原因究明にかける熱意は、単なる仕事の範疇を超えたものがあった。
 作業に没頭する木野の背後で重い扉が開いた。振り向いた木野の前にBPの三人が立っていた。薄暗い部屋に長時間こもっていた木野には、廊下から射し込む照明はレーザー光線のようにまばゆく、彼女たちをシルエットに見せていた。

「どうしたんですか三人揃って。今は部外者の立ち入りが禁止されているのに」
「木野さん、ご無沙汰しとります」
 西秋が挨拶するのに合わせて、三人は深々と頭を下げた。
「本日は、折り入ってお願いがあって参りました」
「お願い? かしこまって何でしょう、あなたたちらしくないですね」
 久しぶりに三人の姿を見て、木野は少し顔をほころばせた。西秋が木野の目を真っすぐ見て言った。
「木野さんと7型さんに、曲を依頼したいんじゃ」
「うーん、力になりたいのはやまやまですけど、すぐには無理です。調査が完了してからでないと」
 いきなりプロデュースを打ち切られた彼女たちにしてみれば当然とも言える願い事ではあったが、それはできない相談だ。木野は申し訳なさそうに断った。
「無理は重々承知です。しかし、これは7型さんにしか頼めんのじゃ」
「でも、7型は危険なんです。今のままでは彼を制御できません」
「7型さんは危険どころか、わしらを危険から守ろうとしてくれたんじゃろう。柴山さんからはそう聞いとる」
「それはそうですけど。人命を危険にさらしたのは確かです」
「誰も傷ついてはおらん。7型さんは細心の注意を払ろうてくれよった」
「いいえ、ひとつ間違えば最悪の事態を招いていました。結果はどうあれ、彼が自分で判断したこと自体が問題です」
 木野の口調は熱を帯びてきた。

「……木野さん、7型さんに怒っとるんか」
 木野は言葉に詰まった。そう、私は怒りを感じている、彼が勝手な行動を起こしたことに。そして私の命令を無視したことに。彼は私を拒否したのだ。
「オペレーターのコマンドに従わないコンピュータは欠陥品です」
「それにしては、ようできた欠陥品じゃ。もしかすると命令を忠実に守り過ぎただけと違うかのう」
 芦野が7型を擁護する。7型の受けた命令はBPをプロデュースすることだ。つまりBPの存在が命令を実行する基本条件となる。その存在を脅かす要素を排除するのも7型の役目とは言えないか。
「それは拡大解釈のしすぎです。彼にはそこまでの能力も権限も与えられていません。あくまでも私の命令に従うのが、あるべき形です」
「7型さんは木野さんの命令より、自分で出した答に従ったんか。でも、それは7型さんが成長したということじゃろう」
 それこそが研究の成果ではないのか。大木が芦野をフォローする。
「私の命令を無視することが成長の証なの? 彼には私はもう必要ないの!?」
 思わず声を荒げたのに気付き、木野は慌てて自分の口を塞いだ。BPの三人は呆然としていた。木野が感情を露にするのを見たのは初めてだ。
「ごめんなさい、大きな声を出して」
 木野は抑えた声で言った。なんとか平静を取り戻そうとしている。
「でも、やっぱり無理です。今日は帰ってくれませんか」
「わかりました、また出直しますけえ」
 西秋はそう答え、芦野と大木を出口に促した。
「でも、木野さんが7型さんを大事に思っているのが判って、安心しました」
「え?」
 木野はぽかんとした顔をした。
「木野さん、7型さんのことをずっと『彼』と呼んどった」
「あ……」

 木野の目は三人が去った後の扉に向けられていたが、見つめているのは自分自身の心だった。


★  ★  ★


「7型さんの所へ行ったんだって? 木野さんに聞いた」
 柴山が寮にやって来て、三人を玄関先に呼び出し問い質した。
「情報が早いのう。さすが敏腕マネージャーじゃ」
 西秋はしれっと答える。
「どういうつもりだ、勝手な真似をして。何か要望があれば私に相談しなさい」
「相談しとったら、7型さんとこに行くのを許してくれたか?」
「いや、絶対に行かせなかった。大体君たちが行ったからって、7型さんが復活するわけでもないだろう」
「ほれ、いっつもそれじゃ。ことを起こす前から無理じゃ無理じゃと言いんさる。待っとるだけならポチでもできるわい」
「私は君たちの行動に対して責任があるんだ。軽挙妄動は慎んでもらおう」
「ほう。わしらは何でも命令どおりにしておればええのか。じゃったら用がないときは電源を切っておいたらよかろう、7型さんみたいに」
「何だと」
「7型さんの気持ちがよう判った。こう頭ごなしに言われたんでは反発しとうもなるわい」
「それとこれとは話が違うだろう」
「いや、結局あんたちゃあ物差しでしか、ものを見とらんのじゃ。数字だのマーケティングだの、自分以外の理由付けがなけりゃ、ひとつも前に進もうとはせん」
「子供にしては、随分でかい口を叩くもんだな。大人の世界の何が判っているって言うんだ」
「大人の事情なんぞ知ったことか。わしらはここで判断するんじゃ……」
 西秋は自分の胸を親指で差して言った。
「……子供じゃからな!」
 西秋と柴山は押し黙ったまま睨み合った。
「子供は子供なりに、考えとるんです」
 芦野が二人の間に割って入る。
「とりあえず座って話しましょう。見てもらいたいもんがあるけえ」

 BPの三人と柴山は食堂に移って腰を下ろした。これじゃ、と西秋は部屋から持ち出したノートをテーブルに広げる。
「何だ。リプロセッシングプラン?」
「BPの今後について、わしらが出した答じゃ。ぜひ検討してもらいたい」
 西秋は、彼女の得たビジョンに基づいた、BPの新たな展開について説明を始めた。いきなり大風呂敷を広げたような構想を聞かされて面食らった柴山だったが、話が進むにつれて、その顔つきは真剣になっていった。
「なるほど。それもひとつの手ではあるな」
 柴山はうなずきながら言った。しかし……
「危険な賭けだということは判っているんだろうね」
「当然じゃ。しかしそれより危険なのは、今の停滞じゃろう」
 西秋の眼差しには確固たる意志がみなぎっていた。

 柴山は迷った。BPを広島から東京に引っ張り出したのは自分自身だ。勝算のない闘いで彼女たちを潰してしまうわけにはいかない。かといって、このまま手をこまねいていては、遅かれ早かれBPの存在は忘れられてしまうだろう。ふと柴山の脳裏を、広島時代の彼女たちの姿がよぎった。それまでにも、多くの芸能界を夢見る少女たちを嫌というほど見てきた彼が、思わずぞくりとするものを感じたあの瞬間が。
(あの時と同じように、彼女たち自身を信じればいいのかもしれない)
 柴山はあらためて三人を順に眺めた。そうだ、この子たちの可能性に比べたら、大人の事情など何ほどのものでもない。彼は表情を緩めた。
「判った、やってみよう」
「うわあ」
 三人の顔がぱっと明るくなった。
「ほんまじゃな、柴山さん」
 大木が念を押すように言う。
「ああ、このままじゃ終われないものな」
 柴山は笑顔で続けた。
「大人の事情もあるからね。もうひと頑張りしてもらって、今まで君たちに投資した資金を回収しないと」
「今どきは、サラリーマンも気楽な稼業ではないのう」
 西秋が柴山の背中をぱあんと叩いた。


★  ★  ★


 7型ルームで木野は本社からの連絡を受けていた。7型の不具合に関して新しい情報がもたらされたのだった。受話器を置いた木野は険しい顔でしばらくの間、迷っていたが、やがてもう一度受話器を取り上げると、柴山の番号をコールした。


つづく

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【2007/03/06 14:00】 | あばれ旅
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あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

プロフィール

pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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