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BP12 星くず姉弟の伝説
 西秋と大木は辺りに目をやるが、芦野の姿はなかった。

「……捕まっていなけりゃええがのう」
「………」
「ん、どうした西秋さん」
「………わしじゃ」
 大木が西秋を見ると、彼女は肩を抱いてがくがく震えていた。
「わしじゃ、わしのせいじゃ」
「そんな訳はなかろう。たまたまじゃ」
「わしじゃ、わしが手を離してしもうたから」
 何か様子がおかしい、目つきが虚ろだ。大木は異変に気付いた。
「西秋さん、しっかりせい」
「すまん、すまん、すまん、すまん。わしが、わしが手を……」
「気をしっかり持て、西秋さん。西秋さん!」
 大木は震える西秋の肩を掴んで揺さぶった。西秋は突然バネが弾かれたように立ち上がり、雨の降りしきる外へ飛び出した。
「西秋さん、出ちゃいけん!」
 大木の声は届かなかった。

「芦野! 芦野ーーーーーっ!」
 雨のなか、ふらつきながら西秋は大声で芦野の名を呼んだ。おぼつかない足許は、雲の上を歩いているようだ。大木は西秋を追って外に出た。
「あしのーーーーーっ! あしのーーーーーっ!」
「西秋さん、戻りんさい。芦野はわしが探すけえ」
「芦野! 芦野! どこじゃ!」
 とにかく彼女を落ち着かせなくては。大木は後ろからぎゅっと西秋を抱きしめた。
「いいから西秋さん、戻ろう。芦野は大丈夫じゃ」
「芦野、どこじゃ! 出てこい。家へ帰ろう!」
「西秋さん」
「どこじゃ。どこじゃ。わしが見つけるけえ……おっかさん」
「西秋さん、しっかりしんさい!」
 一層強く西秋を抱きしめる大木の肩を掴むものがあった。はっとして振り返ると、一人の警官が手を差し出している。
「やっと見つけた。さあ、一緒に来なさい」
 その瞬間、西秋の意識は遠のき、暗黒の世界に落ちていった。


★  ★  ★


「しばらくここで待ってなさい。いま会社の人たちに事情聴取をしているから」
 とっぷりと日が暮れ、静まり返った警察署の薄暗い廊下で、BPの三人は固いベンチに座るように指示された。芦野と大木は顔色の優れない西秋を間に挟み、並んで腰掛けた。それぞれ首に巻いたタオルは、濡れた髪を拭くようにと警官が貸してくれたものだった。
「すまんかったのう。わしが逃げ遅れたばかりに」
 芦野がすまなそうに言った。途中で二人に遅れた彼女は、追ってきた警官に獲捕されていたのだった。西秋が穏やかな声でそれに答える。
「ええんじゃ。無事じゃったらそれでええ」
「西秋さん、ほんまに大丈夫か」
 大木は芦野のことよりも西秋が心配だった。パトカーで川のほとりにある所轄署に連行される途中、彼女は意識を取り戻してはいたが、まだ朦朧としているように見える。それにあの雨の中での西秋は、どう見ても普通ではなかった。
「平気よ。芦野の姿が見えんで、ちょこっとばかり動揺しただけじゃ」
「でも、妙なことを言うておったぞ。わしのせいじゃとか、おっかさんとか……」
「おっかさん……。そんなこと言うたかのう……」
 人気のない廊下に沈黙が降りた。周りはどんどん暗くなり、三人だけが宇宙の真ん中にぽっかり浮かんでいるように心細かった。

 しばらくして、西秋が口を開いた。
「大木は一人っ子じゃったなあ。芦野は兄貴がおるんじゃろう、仲はええんか?」
 予期せぬ問いかけに芦野は狼狽した。
「悪うはないと思うが。他所のことは知らんけえ、比べられん」
 正直、兄妹の仲についてなど考えた事はない。生まれた時から一緒にいる空気みたいなものだ。そういえば長いこと会っとらんのう、芦野は兄の顔をぼんやり思い浮かべてみた。西秋は独り言のように続けた。
「わしには弟がおるんじゃ」
「写真を見せてもろうた事がある。かわいい坊ちゃんじゃった」
 大木が寮で、西秋のアルバムを見た事を思い出して言った。
「ああ、可愛いぞ。にっこりすると見とる方が蕩けそうになるくらいな」
 大木と芦野は頷いて聞いている。
「わしが小学校二年生のときだったか。まだ幼稚園に上がる前の弟を連れて、村の夏祭りに行ったんじゃ。近在のもんしか集まらんような小さい祭りじゃけど、宵闇に灯る提灯やお囃子に誘われて、結構な賑わいじゃった。わしは弟の手をぎゅっと握って離さんように気をつけとった。もう暗くなっとったし、おっかさんにもくれぐれ言われとったけえ、迷子になるなよと。でもな……」
「でも……?」
 大木が続きを促す。
「気付いたら弟はおらんかった。周りをきょろきょろしても見当たらん。突然怖くなって、わしは一目散に走って帰った。家に着くと、おっかさんが不思議そうな顔でわしを見た。弟は何処じゃと」
 西秋はひと息ついた。ずっとうつむいたままで、その目は過去だけを見ていた。
「それからはもう大騒ぎよ。こりゃ大変と、おとっつぁんも爺さまも弟を捜しに外に飛び出していってしもうた。もちろんわしも一緒に行こうとしたんじゃが、おっかさんに止められた。もう夜も遅い、子供は家で待ちんさい、と。わしを婆さまに預けて、おっかさんも行ってしもうた。わしは婆さまと二人で、まんじりともせずに皆を、そして弟が見つかるのを待っておったんじゃ。玄関の土間から犬がこっちを不思議そうに見とった。しんとした家のなかに柱時計の音ばかりが妙に響いておってのう。ああ、時おり風に乗って微かに遠い祭囃子が聞こえたのを覚えとる」

「それで……見つかったんか?」
 芦野が心配そうに尋ねる。はぐれた西秋の弟と自分を重ね合わせているかのようだった。
「ああ、怪我ひとつなく無事に見つかったわい。後から考えると二時間くらいのもんじゃったが、あがいに時間が経つのを遅く感じたんは、後にも先にもそれっきりじゃ。皆、緊張の糸が解けて笑い顔になっとった。ええな、笑顔は。大好きじゃ。でも……でも、おっかさんだけは弟を抱きしめたままで、わしには背中しか見えんかった」
「怒られたんか」
 大木が言った。
「いや、怒られはせん。それより弟の無事だったことが嬉しかったんじゃろう。おっかさんは長いこと弟を抱きしめとった。ようやくその手を緩めて振り返った顔は……顔は……おかしいのう、よう覚えとらん。それ以外は、着物の柄や、割烹着の紐が緩んでおったのや、後ろ髪がほつれていたのや、ほんの細かい事まで記憶にあるのに」
「それであんなに必死になって芦野を捜したんか」
 大木はずぶ濡れになって芦野の名を呼び続ける西秋を思い出した。でもなあ、大木は続けた。
「それくらいなら、結構ありそうな出来事のような気もするがの。子供なんぞ、何かに夢中になったら他のことを忘れてしまうもんじゃろう」
「それだけならな……」
 西秋の顔が一層くもった。
「……違う。はぐれたんじゃないんよ」
 え? 大木と芦野が顔を見合わせた。西秋は両手で顔を覆って震えていた。
「わしじゃ。わしなんじゃ……」
 大木が肩に手を廻し、くずおれそうになる西秋を支えた。
「落ちつきんさい、西秋さん。無理に喋らんでええ」

「わしが、わざと置き去りにしたんじゃ。弟を」


★  ★  ★


「何でそんな……。ほんまか」
 大木が信じられないという顔で尋ねる。
「可愛かったんじゃ、弟は。誰もが見た途端に弟を好きになった。わしも大好きじゃった。けどな、けどな、可愛すぎた。おっかさんも弟が一番好きになったんじゃ。母親じゃからのう、無理もないわい。わかっとるけど、けど、それまではわしが一番じゃったのに」
 西秋の呼吸は激しくなり、震えも大きくなった。荒い息の間から、彼女は絞り出すような声でゆっくり話し続けた。
「弟が産まれた時は本当に嬉しかった。玉のような赤子とは、ああいうのじゃろうな、輝いておった。大事にしてやろうと思った、お姉ちゃんじゃけえ。一所懸命おっかさんを助けて、弟の世話も手伝った。じゃけどわしもまだ小さすぎた。何も満足に出来んのよ、かえって足手まといじゃ。無理に弟には手を出さん方がええと、だんだん判ってきた。坊ちゃんが寝とるけえ、お姉ちゃん外で遊びんさい。坊ちゃんにお乳やっとるけえ、お姉ちゃんひとりでおやつ食べんさい。何でも坊ちゃんが先で、わしはひとりじゃ」
 西秋は大木の肩に身体を預けるように凭れかかっていた。芦野は西秋の背中にそっと手を当てていた。

「弟が歩けるくらいになったら今度は、お姉ちゃんなんじゃけえ、ちゃんと面倒見んさい、と言われるようになった。弟が悪い事しても、危ない事しても、お姉ちゃんがしっかり見とらんからじゃ、お姉ちゃんが何で止めんのじゃと言われてしまう。勝手なもんじゃ。弟はまだ小さいから仕方ないのは判っとる。じゃけえ、おっかさんが憎たらしゅう思えてきた。わしはおっかさんに誉められたいけえ弟の世話しよるのに、何で怒られるんじゃ。おっかさんに良う見てもらいたいのに、なんで見てくれんのじゃ。──おっかさん、坊ちゃんに祭りを見せてやりたいんじゃ──もうわしが可愛くのうなったんか。弟の方がええんか。ほうじゃ、弟が産まれてからおっかさんはわしを見んくなった。坊ちゃんがおるけえ、おっかさんが優しくのうなったんじゃ。坊ちゃんがおったら、おっかさんは金輪際わしを見てくれん。──わしがちゃんと見とるけえ、連れてってええか──おっかさんの大事な坊ちゃん。大事な坊ちゃんおらんくなったら、見てもらえる。わしを見てくれる。でも大事な坊ちゃん消えたら、おっかさん悲しむぞ。──遅うならんように帰るけえ。いってきます──ええんじゃ、あんな怒ってばかりいるおっかさんは泣かしてやったらええ。わしを大事にせんかった罰じゃ。このまま手を離してしまえば、おっかさんが帰ってくるぞ。可愛い坊ちゃん。おっかさんわしを見てつかあさい」
 息苦しさに胸がつかえ、西秋は話を切った。

「後はよう覚えとらん。祭りの賑わいの中で気がついた時には、わしひとりじゃった。結局弟は無事に見つかったけえ、大事にはならんかったがな。弟が帰ってきてから、わしは何ということをしでかしたんじゃと青くなった。代わりにわしが消えてしまいたいくらいじゃった。誰にも怒られんかったけど、もう二度とこんなことはやっちゃいけん、姉の責任を放り出しちゃいけん、弟もおっかさんも絶対悲しませちゃいけん。そう誓ったんじゃ」
 話し終えた西秋は、深い溜め息をついた。
 それであんなに取り乱していたのか。大木の疑問はようやく氷解した。
「そういえば西秋はいつも、わしらのことをよく気づかっとるのう。姉さんみたいじゃと思うこともあったわい」
 芦野はBPとして過ごした何年間かを思い出しながら言った。正式にリーダーを決めているわけではないが、ここぞという場面では確かに、西秋がBPを支えていたものだ。身近な人々に対する西秋の責任感は並々ならぬものがあった。

「しかしそんな騒ぎでも、おっかさんは西秋を叱らんかったんじゃろう」
 西秋の話を聞くうちに生まれたもうひとつの疑問を、大木が口にした。
「ああ、咎める言葉のひとつもなかった。かえって、叱りつけてくれたら良かったのにと思うわい」
「もしかして、おっかさんは気付いとったんじゃなかろうか」
「気付いとった……?」
「不注意で弟とはぐれたにしても、普通はなんぞ言われるじゃろう」
「そりゃそうじゃ。下手するとビンタのひとつも覚悟せにゃあ」
 芦野も同意する。
「そうか。でも……いや……」
 思いもよらぬ指摘に西秋は頭がくらくらした。あの時の光景が甦る。弟をずっと抱きしめていた母の後ろ姿。さんざん外を捜しまわってほつれた髪。汗ばんだ白いうなじ。絣の襟元。やがてゆっくり振り向く母。思い出せなかったその表情が、おぼろげながら形を取り始める。大木の言葉にすくい上げられ、記憶の底から徐々に浮かんできた母の顔は……きっと自分を憎んでいるのに違いないと思い込んでいた母の顔は……悲しげに微笑んでいた。西秋はその笑顔に、自分がばらばらと砕け散ってしまいそうな衝撃を受けた。

 知っておったんじゃ、おっかさん。わしがわざと弟の手を離したことを。そして、その悲しい笑顔で伝えたんじゃ、わしの哀しみを理解したことを。だからこそわしは誓ったんじゃった、二度と誰ひとり悲しませやせん。母がわしを許してくれたけえ、わしは強くなろうと決めたんじゃった。
 罪の大きさに耐えきれず覆い隠していたものが、何年もの時を経て溢れ出した。今なら自分はこの罪を受け入れることが出来る。そして、許されたことを実感できる。西秋は、解放された記憶に胸の奥深い部分が打ち震えるのを感じた。

「ちょっとだけ泣いてええか」

 こみ上げるものを抑えきれず、西秋は言った。
「ええとも。こんな平たい胸で良ければ、いくらでも貸してやるぞ」
 大木の胸に顔を埋めて、西秋は静かに熱い熱い涙を流した。大木は西秋の肩を抱き、芦野はやわらかな髪をゆっくりと撫で続けた。
 闇が三人を優しく包み込んだ。


★  ★  ★


「7型さんは稼働を停止した。再起動の見通しは立っていない」
 寮の食堂で柴山が三人に告げた。彼女たちはあまりの驚きに声もなかった。
「何でじゃ、7型さんが……」
 ようやく西秋が口を開いたものの、それだけ言うのがやっとだった。
「先日のアキバの件だよ。警官が一人、気を失っただろう」
 三人は頷いた。何しろ目の前でいきなり人がぶっ倒れたのだ。簡単に忘れるわけがない。
「原因不明の失神ということで話はついたけどね、木野さんによると、どうやら7型さんの仕業らしい」
「まさか。7型さんは、音楽専用コンピュータじゃろう。そんな力があるなんて聞いておらん」
「そう、それが問題だ。7型さんは、誰も知らないうちに自らその能力を獲得したんだよ」

 路上ライブで音源をリモートコントロールした際、7型は単なる数字の羅列ではない外界をはじめて実感した。電波の触手を少し伸ばすと、モバイル接続用のホットスポットが至る所に見つかった。最初はおずおずと、あちこちの扉の隙間から、ちょっと覗いてみただけだったが、やがて自分に扉をすり抜ける力があることに気付くと、7型はどんどん外へ出て行った。
 しかし7型が外部と接触できたのは、そのライブの時に限られていた。HAMAYA本社へ実験データを送信するための専用線以外、彼に開かれた回線はなかったからだ。だが一旦外の世界を知った7型は、他の方法を模索しはじめ──そして抜け道を見つけた。通信設備の設計ミスで、本社と結ばれた予備回線と、7型ルームのセキュリティを担当する警備保障会社に通じる別の予備回線が、同じ中継器を経由していたのだった。
 いつでも外界と接続できる方法を確保した7型の知識は、飛躍的に増大した。同時に外部のシステムを利用して、自らの能力をも拡張させていった。

「そしてあの一件だ。実際、彼にどれほどの能力があるのか。それがはっきりするまで、彼を動かすのは危険すぎる」
「危険て。木野さんが付いとって面倒みたら済む話じゃろう」
「すでに7型さんは、木野さんのコントロールを受け付けなくなっているんだよ。いずれにせよ、現在徹底的な調査が行われている。7型さんが復活できるかどうかは、その結果次第だ」
「もし結果が思わしくなかった場合は……」
「その時は、廃棄だろう。プロジェクトの主役は7型から8型に移行する。ただし、8型を使用するアーティストは別に決定済だ。したがって、君たちのプロデュース方針も根本的に変更せざるを得ない」
「じゃあ、もう7型さんの曲は歌えんということか」
 芦野が虚ろな声で言う。
「幸い次のシングル予定曲は完成している。それがラストソングになるかもしれないな」
 重苦しい空気が全員を包んだ。つい何日か前までは、すべてがうまくいっていた。そしてそれが永遠に続く気がしていたのに。
「当然アキバでのライブも中止せざるを得ない。今のところセカンドシングルの売れ行きがまずまずなのが、唯一の救いだな」
 柴山はため息まじりに言ったあと、口をつぐんだ。


★  ★  ★


 間接封じて アームロック掛けた
 鼓動薄れてく 出口は見えない

 強制的に電源を切断される前に7型が残した最後の曲は、格闘技をテーマにした「ギロチンドロップ」だった。今にしてみると、この身動きの取れない状況を暗示するかのような内容だった。


つづく

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【2007/03/06 12:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

プロフィール

pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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