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BP11 三人娘捕物控
 前面のLEDがすべて消え、7型は停止した。同時に7型のコントロールを失ったサウンドシステムも沈黙した。脂汗の浮かんだ青白い顔を硬直させた木野が、安堵の溜め息をつく。彼女が配電盤のブレーカーをすべて落としたのだった。薄ぼんやりした非常灯の光だけがコンピュータルームを満たす。普段なら常に聞こえる空調の唸りも微弱電流の囁きも一切消えた。この部屋がこんなに静かだったことは一度としてない。木野は言いようのない喪失感に包まれて立ち尽くしていた。


★  ★  ★


 ほどなく人々の耳に音が戻ると、ふたたび路上は騒然となった。

「なんだ、何が起こったんだ」
 柴山を聴取していた警官たちは、目の前で起きている事態を飲み込めなかった。突然すべての音が消えたかと思うと、ぱぁんと空気を切り裂くような衝撃が走った気がした。一瞬の後、PAのサウンドと街の喧噪が戻った。すると今度はPAが突然沈黙し、群衆の中から新たな悲鳴が上がったのだった。

「人が倒れてるぞ。誰か、救急車!」

 不安が一気に膨れ上がり、気がつくと柴山はBPたちのもとへ走り出していた。おいこら待ちなさい、と警官たちも慌てて追いかける。辺りには穏やかならぬ空気が充満していた。状況が掴めず不安げな面持ちで右往左往する人々の間を縫って人垣の中心へ辿り着くと、右手を掲げたまま倒れている警官の姿があった。眼鏡にはびっしりとひびが入って、真っ白になっている。

 まずいことになるな。柴山は放心した表情で見つめるBPの三人に向かって言った。
「君たちはすぐここを離れるんだ。あとは私が何とかするから」
「でも……」
 さすがに西秋もどうしていいのか判らない。何しろ彼女たちはまだ高校生になったばかりなのだ。というより、目の前でいきなり警官が棒のように倒れることになど、普通はまず遭遇しない。
「いいから早く」
 柴山に再度促され、三人はようやく動き始めた。そこに柴山を追いかけてきた警官たちが現れ、倒れている同僚を発見した。
「おいどうした。大丈夫か」
 警官たちは仰天してしゃがみ込み、硬直した同僚の耳元に口を近づけて声を掛けた。
「誰か、現場を見ていたものはいないか」
 ひとりの警官が周囲を眺め回しながら問いかけると、そそくさと立ち去ろうとするBPの三人を発見した。
「おいそこ、待ちなさい!」
 鋭い声で命令され、三人がびくりとして固まる。その背中に向かって柴山が叫んだ。
「走れ!」
 それをきっかけに、三人は全速力で駆け出した。


★  ★  ★


「何言ってるんだお前! あ、君たち止まりなさい。止まれ!」
 警官の制止命令ももう耳には入らない。三人は歩行者天国の人波へ飛び込んで姿を消した。
「しょうがないな。おい、二人ばかり追いかけていって、あの子ら捕まえてこい」
 現場を取り仕切る警官が指示するのを、柴山が抑えようとする。
「いや、あの子たちは関係ありませんから。歌ってただけですよ」
「ばかもん、きさま公務執行妨害で逮捕するぞ。子供だろうが何だろうが立派な参考人だ。ほら行け」
 二人の若い警官が、はい、と敬礼してBPの後を追った。

「うわあ西秋さん、お巡りさんが追いかけてきよる!」
 大木が後ろを振り返って目を丸くした。
「いかんな。こっちじゃ」
 大木のうろたえた声を聞き、西秋は大通りから脇道へ駆け込んだ。両側にぎっしり小さな店舗が密集した狭い道は、お目当ての品を物色するため繰り出した趣味人たちで歩行者天国以上の混雑だった。身動きの取れないほどの雑踏を、三人は激流を遡上する鮎のように人の流れを縫って進んでいった。
「君たち待ちなさい」
 BPと警官との距離はどんどん開いていく。こりゃダメだ、お前、あっちへ回れ。この人ごみで愚直に追いかけていても無駄だと判断した警官は、二手に分かれた。さすがに自分たちの所轄する地域だ、どこへ逃げ隠れしようが行きそうな場所は心得ている。ほんの数分でけりがつくものと彼らは考えていた。

 殺人的に混み合った通りをやっと抜け、一路駅へ向かうべく左に折れたところで芦野が声を上げた。
「見てみい、先回りされとる!」
 前方の人波越しに頭一つぶん飛び出して、警官の帽子がのぞいていた。
「やば。うしろ行こ、うしろ!」
 西秋が慌てて踵を返し、芦野と大木もそれに続いた。たった今通り抜けたばかりの脇道の前で、人混みからよろけ出てきた警官を危うくかわして走り過ぎる。
「地下鉄の駅に行こうや。右のほうじゃろ」
 西秋の指示でまた路地に入る。先ほどの脇道に比べるとずっと人通りが少なく、動きが取りやすい。しかしそれは警官にとっても同じことで、彼らはずんずん間合いを詰めてきていた。このままでは追いつかれてしまう。焦る西秋の視界の前方に、応援に駆けつけた警官の姿が映った。まずい! 三人はとっさに、左手に開いていたビルの通用口に飛び込んだ。

 狭い廊下を駆け抜け、突き当たりのドアを押し開けると、ソフト量販店の売り場だった。三人はきらめくライトに照らされたフロアに飛び出した。後方では三人に増えた警官たちが、押し合いへし合いしながら廊下を進み、団子になって売り場へまろび出た。
 BPは天井まで棚いっぱいに陳列されたCDの間をすり抜けると、それぞれ三方に分かれた。
 大木はそのまま店の奥へ進み、上階へのエスカレータを駆け上がる。警官の一人がそれを追った。
 西秋は扉の閉まりかけていたエレベータに飛び乗る。追ってきた警官の目の前でぴったり扉が閉じられ、周囲を見回した警官は脇に見つけた階段に急いだ。
 芦野はちょこまかと商品の間を縫って走り回り、捕まえようと躍起になっている警官を翻弄していた。

 大木はエスカレータを一段抜きで軽やかに上っていった。警官もそれに負けないスピードでついてくる。4階に着いたところでフロアを横切り、階段へ足を向けた。階段室への扉を開けると、下からばたばたと誰かのやってくる音がする。まずい。慌てて顔を引っ込めフロアへ向き直ると、追ってきた警官がエスカレータを上り切ったところだった。二人はフロア中央にディスプレイされたフィギュアの山を挟んで対峙した。どうする……? 右に左にフェイントをかけながら次の行動を探る大木の背後で、エレベータの階数表示が上へと移動していった。
 西秋を追って階段を最上階まで駆け上がった警官を待っていたのは、扉が開け放された空っぽのエレベータだった。一気に全身の力が抜け、彼はその場にへなへなとくずおれた。動きを止めていたエレベータは下の階から呼び出されたのか、ふいに息を吹き返した。扉が閉まる直前、その死角に張りついて隠れていた西秋がひょいと姿を現して言った。下へまいります。西秋の輝く笑顔の残像を警官の目に焼き付けて、エレベータは下へと動き始めた。
 芦野は依然として陳列棚の周囲を、ハムスターのようにくるくる回って逃げていた。追いかける警官の目もくるくる回っていた。

 焦る警官が大木に飛びかかろうとした。大木はその機を逃さず、下りエスカレータに向かって駆け出した。警官も必死で後を追い、手を伸ばす。その手が大木の背中に触れそうになった瞬間、大木はエスカレータの最上段からジャンプした。あ、ばか。危ない。驚く警官の目の前で、空中に美しい弧を描いた大木がどすんと着地した。その衝撃でエスカレータは自動的に緊急停止し、警官は足を取られ、もんどりうって転げ落ちた。頭といわず身体といわず、全身を踏板の角にぶつけている。うわあ痛そうじゃ、すまんのう。大木は心の中で手を合わせながら、そのまま階下へ走り去った。

 大木が一階までエスカレータを駆け下りてくると、ちょうど西秋が涼しい顔でエレベータから歩み出るところだった。
「ふたりとも遅かったのう。待ちくたびれたわい」
 芦野が笑顔でふたりを迎えた。足下には警官がすっかり目を回して伸びている。
「これはこれは、相当うっとりしとる。芦野、どんな悩殺ポーズで仕留めたんじゃ」
「少なくとも大木さんには無理な芸当じゃな」
「芦野とはキャラが違うけえ。わしに手を出す男は痛い目に遭うんじゃ」
「西秋も大木もええ加減にしんさい。すぐまた追っかけてきよる」
 芦野の言うように、階段からもエスカレータからも、どすどすと乱暴に下りてくる音が聞こえてきた。
「長居は無用じゃ、駅まで走るぞ。お邪魔しました」
 あっけにとられる店員に明るく挨拶して、西秋を先頭に三人は外へ飛び出し人ごみの中を地下鉄の駅へ急いだ。しかし、あと少しで辿り着けるはずだった駅の入り口には、数人の警官が待ち構えていた。

 溜め込んだ水蒸気の重みに耐えきれず、雲の底が抜けて大量の雨粒がぶちまけられた。たちまちアキバはシャワーのような雨に見舞われた。


★  ★  ★


 警官たちに見つかったBPは横っ飛びに通りを渡り、傘の花が開き始めた雑踏を雨に打たれるがまま逃げた。立ち並ぶ店はそれぞれ大音量のBGMと原色のどぎついディスプレイで人々を誘う。走り抜けるのにつれ、そのすべてが渾然となって雨とともに後ろへ流れていく。表通りから裏通りへ、ゲームショップからパソコンショップへ、ラーメン屋からメイド喫茶へ、薄汚れた倉庫から近代的なビルへ、次々移り変わる光景に、彼女たちは、すっかり自分が何処にいるのか判らなくなってきた。
 あの角を曲がっても、このフロアを駆け抜けても、どこまで走り続けても警官たちは追ってくる。張り巡らされた蜘蛛の糸に、徐々に搦めとられているようだ。なぜ逃げているのかさえ、すでに頭からは抜け落ちている。ただ、立ち止まることだけは許されない。そう、止めたら消えるだけだ。電子の迷宮での鬼ごっこは、永遠に続くかと思われた。

 走り続けてふらふらになった彼女たちは、いつの間にか人気のないガード下の辺りにいた。工事用資材置き場のフェンスに人が通り抜けられるくらいの隙間を見つけると、躊躇なくそこへ飛び込んで、奥の暗がりに身を隠した。ずっと動き続けていたのに身体はずぶ濡れで冷えきっている。両手を固く握りしめ、小さくうずくまって息を殺す。しばらくすると、ようやく震えがおさまってきた。
「上手くまいたじゃろうか」
「ここでしばらくは時間を稼げそうじゃ。ほとぼりが冷めたら出ればええ」
 大木のつぶやきに、西秋が答えた。
「芦野は大丈夫か」
 西秋が尋ねる。しかし返事はない。
「芦野?」
 辺りに目をやるが、芦野の姿はなかった。
「はぐれたんじゃ……」
 大木が力なく言った。


つづく

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【2007/03/02 18:55】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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