スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
BP10 風雲!秋葉ヶ原
「あんた、ここの責任者?」
 BPのストリートライブを見守っていた柴山が振り返ると、二人組の制服警官が立っていた。
「あ、はい。そうですけど」
「そう。きつくは言わないけどね、あんまり派手にやりすぎると苦情とか来るからさ。ほどほどにね」
「はい、すみません。注意します」
 まずいな、目を付けられたかもしれん。警官たちの後ろ姿を見送りながら、柴山は難しい顔をした。

 そもそもストリートライブはバンドでさえ大掛かりな機材を使うわけではなく、ましてや多くのアイドル予備軍などはラジカセ一台で済ませているものも多い。BPが使用しているのも必要最低限のPAだが、大きな違いは7型がリアルタイムでコントロールしている点だ。たとえ同じ音圧であっても、音色やエフェクトが完璧に調整された彼女たちのライブは、他とは比べ物にならないクリアなサウンドを実現していた。街ゆく人の興味を惹いて立ち止まらせるために、路上においては7型の力が大きく貢献していたと言えよう。
 BP自身の力とクォリティの高い楽曲に加えて無敵のサウンドを誇る彼女たちのストリートライブは評判を呼び、三ヶ月を経過した頃には毎回百人以上が周囲を取り巻くようになっていた。数あるパフォーマーの中でもひときわ目立つ存在だ。今ではアキバに集まる人々の間で、BPの名を知らぬものはないほどだった。そして、ライブ激戦地であるアキバで、それを快く思わないものも当然ながら少なくなかった。


★  ★  ★


「芦野、大木さん、お疲れさま。今日もお客さんがようけ集まってくれて、ありがたいことじゃ」
 ライブが終わると三人は蜂の穴に戻り、談話室代わりになっている食堂で反省会を開くのが常だった。大木が西秋に話しかける。
「ヲタ芸いうのも、慣れればええもんじゃのう、西秋さん」
「最初に見た時は信じられん光景じゃ思うたけどな。退きまくりじゃったわい」
「じゃけど、いざ自分がされてみると妙な高揚感があるけえ、普段よりのれるんじゃ」
「ただの手拍子じゃあ、物足らんようになってしまうかもな」
 それより──。芦野が口を開く。
「──オタクさんたちは、一人でCDを何十枚も買うてくれるじゃろう。わしゃ、あれが信じられん」
「ほんまにのう。他にもっと大事なもん買いんさいと言いとうなるわい、服とか何とか」
 大木も同意する。応援してくれるのは確かに嬉しいが、見る限りあまり趣味の良いファッションをしているとは、彼女には思えなかった。ほんの少し気を使えば、見た目も全然変わってくるのにのう。
「碇さんは、オタクさんたちの習性を知り尽くしとるんじゃろうな。CDを買い込んでくれるのも、口コミで話題が広がるのも。週末に三十分程度パフォーマンスするだけで、えらい宣伝効果があるわい。侮れん御仁じゃ」
 西秋はもっともらしく言ったが、その後にこう付け加えるのを忘れなかった。
「人間的にどうかは別じゃがのう」
 その日のライブを見ていたマーニャとMondayも興奮していた。
「おそごうなるくらい人がようさん集まってりゃあしたなあ」
「わもがっぱどひとさよびで」
「ほしたら今度はHORNETのライブしよまい」
「んだ。なんたかたすっぺ」
「うーん。悪いがのうMonday、後で手紙に書いてくれんか」
 西秋がすまなそうに言った。
 アキバでの反応の良さに、BPはすっかり気が大きくなっていた。

「キョウモ オオイリ デシタネ」
「ええ、動員は順調に伸びています」
 地下のコンピュータルームで木野がライブの記録を整理しながら7型と話していた。
「野外でのサウンドコントロールには相当慣れてきたようですね」
「ゲンバノ ハンキョウオンノ データガ アツマッタノデ」
「なるほど、周囲のビルによる反響音を利用しているのですか」
 ストリートライブでは周囲の建物に反射した音が演奏を妨害する。谷間状の地形をした路上において、それは避けられない事態だ。7型は微妙に調整された位相の音波をぶつけることにより、通常は邪魔になるはずのそうしたエコーを、音響効果として操作しているのだった。現場のモニタリングから、7型が自ら編み出した手法だ。
 しかし、彼はライブに少々入れ込み過ぎているのではないだろうか。BPとリアルタイムで共同作業できることに浮かれているようにさえ見える。ここのところ曲を作るペースの落ちた7型に、木野は不安を抱いた。


★  ★  ★


 梅雨入りも間近に迫り、鉛色の雲が重苦しくたれ込める週末。いつものように歩行者天国となったアキバにBPが現れた。
「今日は怪しいお天気ですけど、曇り空なんてぶっとばしちゃいましょう!」
 いつもの白いツナギに身を包んだ西秋の煽りに常連たちは歓声で応えた。BPはすっかりアキバに馴染み、そのパフォーマンスは堂々としたものだ。いつも披露する「不機嫌ジェニー」では、それぞれのパートで名前がコールされるようになったし、「レシチン」ではBPと観客が一体となって飛び跳ねる。双方がライブを心から楽しんでいる様が伝わるのか、いつも人の輪はどんどん広がっていく。また他のパフォーマーたちは沸き立つBPの周囲を避けるため、ますます人が集まりやすくなるのだ。この日は二曲目にして観客数はすでに二百を上回る勢いだった。いつもにも増して早いペースだ。
 この賑わいを冷ややかな目で見つめるものがあった。

「面白くねえな。何だあいつらチャラチャラしやがって」
 ここのところ、BPに人気を奪われているバンドのメンバーだった。
「事務所、Confuseだってよ。わざわざストリートなんてやる必要ねえだろ」
 隣にべったり張りついているのもまた、いつもメイド姿でライブをしていたアイドル志望の少女だ。
「プロならハコ借りてやればいいのにね。金あんだから」
「そうそう、ハングリーじゃねえんだよ。俺たちがこの場所を守ってきたのにな」
 この日、二人は自分たちのライブをあきらめ、不貞腐れた様子でガードレールに凭れていた。どんよりした雲が心の中にまで覆い被さっている気分だ。何もかも詰まらない。凶悪なものが身体の奥からじわじわ滲み出してくるようだった。やがて少女が男に、絡み付くような視線を送りながら言った。
「ねえ……潰しちゃおうよ」
「え。潰す? 何言ってんだよお前、どうする気?」
「これ使おう」
 少女はバッグから護身用の催涙スプレーを取り出した。
「風上からこっそり撒いちゃえばいいよ。ねえ、やってよ」
「ちょ、おま、そりゃまずいよ」
 こいつ本気かよ。男は少女の思いがけない言葉に尻込みした。
「何だ。口先だけなんだ、やっぱり」
 一瞬にして少女の目は彼を見下すような色に変わった。
「おかしいんじゃねえの、お前。そういう問題じゃねえだろ」
「言い訳してんじゃないよ。詰まんないの」
「お前もアーティスト志望だろ。だったら音楽で決着を……」
「バカじゃないの。誰がアーティストだってのよ、どっかで聴いたような曲ばっかり演ってるくせに」
「おいこらてめえ。もっぺん言ってみろ」
 極端に沸点の低い男のようだ。
「すっかり客奪われて、もう負けてんじゃん。現実を見なよ」
「あんなのオタクがたかってるだけだろ。音楽じゃねえよ」
「だから見てみなよ。オタクだけであんなに盛り上がると思う?」
「ゴミだよゴミ、商売まみれのクソだ。俺たちはなあ……」
「クソに負けてんの? おっかしー!」
「な……」
「マ・ケ・テ・ン・ノ!」
 男はいきなり少女の手から催涙スプレーを奪い取ると、BPの周囲を取り巻く人波に、乱暴に分け入っていった。

 三曲目の「スウィート・カステイラ」が始まっていた。いつも以上の観客に勢い付いているBPを眺めていた柴山の目に、気になるものが引っ掛かった。人を掻き分けながらぐいぐい前に進んでいく男がいる。妙にぎこちない、不自然な動きだ。革ジャンのポケットから取り出したサングラスを着け、ついに男は最前列まで辿り着いた。回りのファンたちが眉を顰めているのにも、まったく動じる気配はない。男はちょうど正面に位置する西秋に向かい、おもむろに右手を真っすぐ前に突き出した。
(いけない!)
 柴山は男に向かって駆け出した。

 切り分けたカステラを差し出す振付けで、西秋が正面に向かって手を伸ばした瞬間、曲に合わせて飛び跳ねる観客の列が一瞬乱れたかと思うと、後方から黒いジャンパーの男がぬっと現れた。西秋の視線とサングラスで隠れた男の視線が交わり、それを合図にしたように男が右手を真っすぐ前に突き出した。
 西秋の視界が何かに遮られた。

 会場に悲痛な叫び声が響き渡り、同時にバックトラックが停止した。続いて怒号と、揉み合うような騒ぎがヘッドホンに溢れてきた。7型ルームでライブ音声をモニタリングしていた木野には、何が起こったのかまったく判らなかった。
「どうしたの、7型さん。現場で何が起こったの」
 突然、目の前のディスプレイに秋葉原の路上の光景が映し出され、BPのライブをしていた地点がズームアップされた。
「何、これは! どこからの映像?」
「コウツウジョウホウ システムノ カメラヲ シヨウシテイマス」
 まさか。7型は私の知らないうちに外部のコンピュータシステムと交信していたのか! 木野はライブ現場の騒動より、その事実に衝撃を受けた。現場の様子を流し続けるディスプレイの明滅が、薄暗い7型ルームの中で木野の顔を青白く染めていた。


★  ★  ★


 柴山が西秋をかばうような形で男に飛びかかり、同時に腕を激しくはじき上げた。その衝撃で男は横様に倒れながら催涙スプレーを噴射した。硬直した西秋の眼前で柴山と男が揉み合いになり、すぐ横にいた常連の一人がスプレーの直撃を受けた。強い刺激の液体をまともに浴びた常連は痛みに叫び声を上げてのたうちまわり、周囲は一瞬にして修羅場と化した。
 柴山は催涙スプレーから身を守るため、懸命に男の手首をねじ上げる。男は何とか柴山にスプレーを浴びせかけようとして、指をプルプル震わせていた。
 唐突に起こった出来事に呆然としていた観客の中から数人が飛び出し、柴山に力を貸した。男は必死で抵抗するものの、多勢に無勢、たちまち組み伏せられてスプレーをもぎ取られた。そのまま男は回りを取り囲まれて人波の外につまみ出されたが、その間ずっと、言葉にならない叫びを上げ続けていた。ようやく騒ぎに気付いた警官が現れた。

 BPはなすすべもなく、ライブスペースの脇で応援のスタッフとともに三人寄り添っていた。男を連れて行った柴山も警察に同行して事情を聞かれるだろう、さすがにもうライブどころではない。青天の霹靂ならぬ曇天の大事件に、三人は意気阻喪していた。
「とんだことになったのう」
「それより西秋は何ともないんか」
 その瞬間、西秋の背後にいた芦野には、事態がよく飲み込めていなかった。
「ああ、あの時わしの前に柴山さんが立ちはだかってくれたけえ」
 危ないところだったが、柴山のおかげで幸いスプレーの直撃は免れていた。
「柴山さんは立派じゃったのう、マネージャーの鑑じゃ。西秋さん、感謝せにゃ」
 大木の中で、柴山の株は急上昇したようだ。
「随分と大きな借りが出来たわい。柴山さんも無事ならええがの」

 スプレー男は所轄署へと連行され、被害を受けた何人かの観客は病院へ搬送された。また、彼をそそのかした少女は当然のことながら、とうの昔にその場を立ち去っていた。
 騒ぎが収束に向かったのを見届けたように、徐々に人波は退いていった。しかし、ライブが中断されたことで消化不良を起こした気分の常連たちは、立ち去り難い思いだった。五十人あまりの熱心なファンたちは、依然としてその場に佇んだままだった。

「今日はこれで撤収じゃな」
 西秋がそう洩らした時、周囲から声が起こり始めた。
「モーノクロ・モーノクロ・モーノクロ」
 振り返った三人は、まだ現場に観客が残っているのに気付いて驚いた。
「モーノクロ! モーノクロ! モーノクロ!」
 声は次第に大きくなり、熱を帯びてくる。
「モーノクロ!! モーノクロ!! モーノクロ!!」
 一度はその場を離れた人々も、熱い声に引き寄せられるように、ひとりふたりと舞い戻ってくる。手拍子も加わって、BPを求める声援はますます大きくなっていった。三人は戸惑いと喜びとがない交ぜになった気分に揺れた。

「モーノクロ!! モーノクロ!! モーノクロ!!」

 ライブスペースから少し離れた場所で数人の警官に事情を訊かれていた柴山の耳にも、その声が届いた。顔を向けると、人の輪がBPの登場を待ちわびて波打っているのが目に入った。当然、警官もそれに気付く。
「なんだあの騒ぎは。君、あそこ行って中止させてきなさい」
「はあ、そうですね。でも騒いでいるのは私どもではないですし……どうしたものですかねえ」
 柴山は煮え切らない態度で、ぐずぐず時間を稼いだ。彼の理性はライブを中止すべきと訴えていたが、気持ちはそれとは正反対に高揚していた。なんとかもう一曲だけ、皆に聴かせてやりたい。

「モーノクロ!! モーノクロ!! モーノクロ!!」

 どうじゃ。西秋が二人に向き直って問う。
「本来ならやるべきではない状況じゃろう、それは承知しとる。じゃけど、心が騒いどるんじゃ。このままでは終われんと言うとる」
「今日は気が合うのう、西秋さん。わしも何やらムラムラきとるわい」
 大木が不敵に唇の端を上げて答える。
「あんたちゃあ、こんな時ばかりはよう似とるのう……」
 芦野が呆れたように言う。
「……まあ、わしもじゃがな」
「決まりじゃ。後悔しなさんなや」
 西秋がにやりと笑った。

「モーノクロ!! モーノクロ!! モーノクロ!!」

 現場の音声を聞いていた7型が「モノクローム・ヨシモト」をスタートさせた。
「いけない! 止めて。すぐ止めて!」
 木野の命令では再生は停止しなかった。キーボードからコマンドを打ち込もうとして木野は凍り付いた。キーボードは全く反応しなかったのだ。

 PAから「モノクロ」のトラックが流れ出した。
「さすが7型さんは、よう判っとる。さあ行こう、魂のゴングが鳴ったぞ!」
 大木、芦野が西秋の後に続き、三人は揃って観客の前に進み出た。BPは割れんばかりの歓声で出迎えられた。
「皆ありがとう。もう一曲だけやりまーす!」

「なに考えてるんだ。即刻中止だ」
「あ、ちょっと……」
 柴山が止める隙もなく、ひとりの眼鏡を掛けた警官が顔を真っ赤にして人の輪に入っていった。警官はBPの登場に熱狂する人々を掻き分けながらぐいぐい前に進んでいく。最前列まで辿り着いた彼は、演奏を止めさせようと右手を真っすぐ前に突き出した。つい先ほど、スプレーを噴射した男のように。

 密かに交通情報システムのカメラを使って映像をもモニタリングするようになっていた7型が、現場の異常を察知した。7型は過去のデータからその状況を危険であると判断し、直ちに対処した。リアルタイムでコントロールしていた音場を瞬間的に一点へ収斂させ、危険の原因となる要素に対して叩き付けたのだ。一瞬、耳からすべての音が奪われ、観客たちは時間が止まったような感覚に襲われた。同時に警官の眼鏡にぴしりと亀裂が入り、彼は右手を掲げたままその場に昏倒した。


★  ★  ★


 ほどなく人々の耳に音が戻ると、ふたたび路上は騒然となった。


つづく

スポンサーサイト
【2007/02/24 19:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

プロフィール

pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
※ご意見、ご感想などコメントは下のカテゴリ「亀戸」のページでどうぞ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。