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BP01 黒く甘い香り
 テレビ画面から飛び出さんばかりに躍動する四人の少女。その伸びやかな歌声と輝く笑顔に出会ったとき、大木黒綾ノの人生の歯車は回り始めた。彼女が小学四年生の夏だった。

 その日から彼女は、自分もいつか、その「SPADE」と呼ばれる少女たちのようになりたいと夢見るようになった。毎日何時間もCDに合わせて歌い、ビデオを見て踊るという、自己流のレッスンを重ねた。なにしろ彼女の住む町には、ボーカルもダンスも教えてくれるような場所はなかったからだ。こんなことで SPADE になれるのか。歌うほどに、踊るほどに彼女の中で焦りは膨れ上がり、同時に憧れも熱を帯びていった。

 すぐに飽きるだろうという両親の予想とは裏腹に、一年が過ぎても彼女の意志は揺らぐことなく、ままごとのような、しかし真摯なレッスンは続いていた。ますます思いを募らせる大木に一条の光が射した。あのSPADEを育て上げた沖縄の芸能スクール、アクターズステージが広島に開校するというニュースが彼女の元に届いたのだ。SPADE になれる! 彼女は驚喜し、両親にアクターズステージ入学の許しを乞うた。娘の熱意に両親は折れ、彼女は晴れてあの SPADE と同じスクールで学べることとなった。しかし毎日行われるレッスンに、彼女の町からは新幹線で通わなければならない。決して安くない授業料に加えて交通費、両親にとってはかなりの金銭的負担である。それでもあえて入学を許したのは、娘の頑張る姿をずっと側で見てきたからだった。一人っ子のせいか人見知りでいつも怯えたような様子を見せる彼女が、歌っている時には弾けるようにいきいきとした表情になるのだ。両親の胸に、入学を願い出た時の彼女の言葉が重みを持って響いた。

「わしゃあもう、歌なしでは生きていかれんのじゃ」


★  ★  ★


 念願のアクターズステージに入学し、大木は初めて本格的なレッスンを受けることとなった。ボイストレーニング、ダンスは言うに及ばず、演技、ウォーキング、話し方など、その内容は多岐にわたった。小学校が終わるや否や地元の駅に直行し、遠く広島のスクールに通う毎日。放課後、級友と過ごす時間も全くないのだが、彼女には少しも苦にはならなかった。もともと人付き合いは好きな方ではない。それより、自分の歌が上達することの方が、彼女にとっては大切だったのだ。スクールの生徒は彼女と夢を同じくする子供たちだったが、その中にあっても彼女が周囲に打ち解けることはなく、常に自分の中の夢だけを見つめていた。

 入学して一年が経ち、大木はアクターズステージでも孤立するようになっていた。だが、それを気にする素振りはまったく見せなかった。彼女には周りのことなど目に入ってはいなかったのだ。そんな状況が彼女に一種超然とした雰囲気を与えた。ボーイッシュなショートカットと涼やかな顔立ちも相まって、いつしか本人も気付かないうちに、彼女はスクール内で異彩を放つ存在となっていた。しかし彼女自身は、歌うことだけで夢に近づける幸福を感じていた。あの瞬間までは。

 陽が落ちてもそよとも風の吹かない、蒸し暑い夜だった。レッスンが終わった後、大木がいつものように一人で教室を出てエレベーターに乗ると、後を追うように飛び込んできた生徒が素早く閉ボタンを押した。扉が閉まり、エレベーターは二人だけを乗せて動き始めた。大木が怪訝な顔でその生徒の背中を見つめていると、彼女は大木に背を向けたまま言った。
「D組の大木さんじゃろう」
「……そうじゃけど」
「ちょっと顔を貸して貰えんかのう。悪いようにはせんけぇ」
 柔らかなウェーブのかかった長い髪が揺れ、微笑みながら彼女は振り向いた。
「わしゃあC組の西秋じゃ。よろしゅう」
 長い睫毛を通して覗く、強固な意志を感じさせる瞳だけは笑っていなかった。


★  ★  ★


「裕香な、あいつはいけん。交代じゃ」
「なんでじゃ。実力は一番じゃろう」

 スクール近くのハンバーガーショップで額を寄せて話し合っていたのは西秋黒文香と芦野黒優香。どちらもアクターズステージでアーティストを目指しレッスンを重ねる同期生だ。

 このスクールでは基礎レッスンの他、半年に一度行われる発表会へ向けての研鑽を要求される。芸能界デビューというゴールへ至るため、まずはそのステージで自らの力を誇示するのが大きな意味を持つことは、生徒の誰しもが知るところだった。発表会の出演者はソロ、ユニットの各部門が設けられたオーディションにより選抜された。

 西秋もアクターズに通う他の生徒たちと同じく、芸能界デビューの夢を抱いていた。だが一年間レッスンを受けてみて、自分にそれだけの可能性があるかを考えたとき、確かな自信を持つことはできなかった。そこそこの見てくれや歌唱力、ダンステクニックでは、周囲にごろごろいるアーティスト予備軍を掻き分けてのし上がることは不可能だ。完璧な計算と冷徹な観察眼を備えた彼女は、他者との差別化をユニットによる活動に求めた。

 最初に声を掛けたのは同じクラスの芦野だった。痩せっぽちで、背中まで届く長い滑らかなストレートヘアの彼女は、歌はまだまだ荒削りだが、出会った最初から西秋を驚かせた類い稀な声を持っていた。同じ炭素でできていても石炭はダイヤではない。彼女の声は、持って生まれた煌めきを放っていたのだ。西秋の呼びかけに彼女は大人びた微笑みを返し、二つ返事でOKした。

 そしてもう一人のクラスメイト、河井裕香にもユニット参加を持ちかけた。芸能スクールとはいえ入学間もない生徒たちは素人同然で、実力に大きな差があるわけではない。しかしその中で、歌もダンスもそつなくこなすオールマイティな優等生タイプの河井は、誰からも一目置かれる存在だった。西秋は、ユニットにおいてパフォーマンスの核となるメンバーを欲していた。河井がその目的にはもっとも相応しい存在だったのだ。彼女もまた、ユニット参加を快諾した。もっとも、ソロでも充分オーディションを通過できる力を持つ彼女にとって、ユニットは単なる遊びに過ぎなかったのだが。

 三人の名前に「香」の字が含まれることから、ユニット名は河井の提案でフランス語で香水を意味する「パルファム」とし、オーディションに向けた練習が開始された。西秋の予想どおり、安定感のある河井を中心にした歌とダンスは比較的容易に形を整えることができた。しかしリハーサルを重ねるに連れ、西秋はこの組み合わせに違和感を覚えはじめた。三人のスキルに埋められないほどの差があったわけではない。だが河井と他の二人の間には、何か決定的な違いがあったのだ。西秋はそれを敏感に感じ取った。

「実力云々の問題とは違う」
「ほうじゃったら何が問題いうんか」
「裕香はなあ、黒うないんじゃ」
「意味が分からんわい」
「所詮お嬢さんのお遊びなんよ、ありゃあ」

 この世界でやっていくには、裕香は優等生すぎる、そう西秋は思い至ったのだ。もっと貪欲で、なりふり構わない熱さと黒さを持ち合わせたメンバーが必要だ。西秋は既に、その黒いもう一人を見つけていた。


★  ★  ★


「用というのは何じゃ」

 スクール近くの小公園に導かれた大木は、西秋に向かってぶっきらぼうに訊ねた。蝉が寝ぼけたように一声鳴いた。


「電車の時間がある。早う済ませてもらえんか」
「ほうじゃったら単刀直入に言おう。大木さん、わしらと組まんか」
「わしら?」
「わしとC組の芦野じゃ。顔くらいは知っとろう」
「組むいうたらユニットのことか。わしに何の得があるんかいのう」
「大木さんはのう、一人では無理じゃ」

 他人に面と向かって自分を否定されるなど、大木には今までなかった経験だ。鼓動が速く、多く打つのを感じた。

「どういう意味じゃ」
「そういきり立たんでもええ。あんたは周りを見とらん、自分の中だけで完結しとるんじゃ」
「周りなんぞ関係あるか。わしは自分が上手うなりたいだけじゃ」
「じゃけえ、いつまで経っても観客は自分一人だけじゃ。周りの人間に聴かせてこその歌じゃろう」

 何のために、誰のために歌うのか。西秋の言葉で、大木はそんな考えがあることに初めて気付いた。それまで彼女は、自分が楽しいから歌っているのだと思っていた。しかしそれなら何もスクールにまで通うことはない。昔のように自室でひとりきり、好きなように歌っていれば事足りる。SPADEになるという夢のその意味を、たった今、彼女はおぼろげに自覚しはじめたのだった。じっとりとした空気のせいでなく、額に汗が吹き出した。

「せんずりこいても意味ないちうことか」
「世界中に大木さんの歌を聴かしてみんさい。きっと、せんずりより気持ち良かろう」
「あんた方と組んだら、気持ち良うなれるんか」
「まずは他人と絡んでみてはどうじゃ。我ながら、初めての相手としては、見てくれも悪うないと思うがのう」

 西秋はそう言って、豊かな髪をかきあげた。
 大木は、生まれてからずっと閉ざされていた扉が、少しだけ開いた気がした。ふいに風が立ち、それまで意識していなかった胸のつかえがすっと取れた。呼吸が楽になった。

「よろしゅう頼みます」

 大木は姿勢を正し、頭を下げた。西秋も厳粛に答えた。

「こちらこそよろしゅうお願いします」
「存外に話が早くまとまったのう」

 そう言いながら、遊具の陰から芦野が優雅に姿を現した。

「大木さん、パルファムにようきんさった」
「いや、芦野。パルファムはもうないぞ。お高く止まったフランス語なんぞ座敷犬にでもくれてやれ」
「どういうことじゃ」
「わしらはたった今から Black Perfume、BP じゃ。ほれ、三人ともえらく黒かろう」

 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。三人をメンバーとする Black Perfume が誕生した。彼女たちが中学一年生の夏のことだった。


つづく

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【2007/01/17 18:00】 | あばれ旅
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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