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BPSS01 ある晴れた日の午後
「サギョウシュウリョウマデ 18ジカン21プン デス」
「そう、じゃああとはよろしくね。また月曜に」
「オツカレサマデシタ キヲツケテ」

 YS-TK7型にミックスダウンをまかせ、木野はコンピュータルームをあとにした。
 21時18分発、後ろから3つ目の車両がいつものポジションだ。途中、ターミナルで私鉄に乗り換えて、最寄り駅に到着するのは21時51分。駅から商店街を抜け、幹線道路から一本裏道に入った低層のマンションまで徒歩9分。毎日22時きっかりに彼女は自宅の鍵を回す。HAMAYAでYS-TKプロジェクトに参加した当初は開発に没頭し家に帰れないこともしばしばだったが、システムが順調に稼働している現在は生活のリズムに寸分の狂いもない。もともと波風の立たない平穏な暮らしを好む彼女にとって、こうした日常は歓迎すべきものだった。
 荷物をおろし上着を脱ぐと、冷蔵庫を開ける。並んでいるのはミネラルウォーターと栄養補助食品のみだ。食べることに対して喜びを感じたことはなく、生体活動を維持するために適切な栄養を摂取さえできれば十分だと考えている。もしそれが錠剤やカプセルのみで可能であれば、迷うことなく食事という習慣を捨て去るだろう。彼女にとっては咀嚼さえ身体の働きを整えるエクササイズの範疇だ。

 グラスに注いだ200mlの水と1本のバランス栄養食を手に、木野はソファに腰を下ろしAVシステムのスイッチを入れた。26Vの液晶テレビが青い光を放ち、続いてプレイヤーにセットされたままのDVDが回り始める。ほどなく映し出されたメニュー画面からいつものチャプターを選択し再生ボタンを押すと、一瞬の間を置いて、すでに隅々まで記憶に焼き付けられたシーンが息を吹き返す。バランス栄養食を冷えた水で呑み下しながら、彼女は食い入るようにスクリーンを見つめ続けた。判で押したような毎日に、新たに付け加えられた習慣だった。眼鏡のレンズに光の粒子が踊っていた。


★  ★  ★


夜が明けた。

あのあと床に付いたのは空が白みかけた頃だった。木野は繰り返し繰り返し同じシーンを記憶の襞に刻み付けるように凝視し、目が回るほど疲れ切ったのちようやく、ほんの2時間ほど短い眠りをむさぼったのだった。しかし彼女がなかなか眠れなかったのはDVDに没頭していたからというわけではない。それ以上に胸の高鳴りを抑えることができなかったのだ。これまでに経験のない感覚に、彼女は対抗する術を持たなかった。結局同じように、朝まで輾転反側していたに違いない。

 何日も前から用意していた紙袋をぼんやり眺めながら、木野は迷っていた。私は本当に行くつもりなのか? 果たして自分にそんな事が可能なのか? 今ならまだ遅くない、このままベッドに戻って夕方まで丸まっていればいい。その時が過ぎ去るまで、素知らぬ振りをしていれば済むことだ。しかしそうはしないことを、他ならぬ彼女自身がいちばんよく知っていた。そう、すでに結論は出ていたのだ。

 普段どおり必要最低限のメイクを施し、他人に不快感を与えない程度のこざっぱりした装いに身を包むと、彼女は紙袋を抱えてドアを開けた。雲ひとつない青空を見上げて少し眉根を寄せる。こんな日はどんより曇っていてもいいのに。

 ターミナル駅からは、いつもと違った電車に乗り換えた。ほとんど自室とYS-TKルームの往復しかしない木野にとっては、それだけで新鮮な体験だ。車窓を流れる見慣れない風景が記憶の底を揺さぶった。思い返してみると、新人アイドルのサウンドプロデュースを乞う柴山の申し出を引き受けて以来、彼女の世界は今まで考えてもみなかった領域へ、少しずつ拡張していった気がする。彼女自身が気付いていなかった木野という人格の側面を、あの三人組がいかに引き出してくれたことか。心の温度がふわりと上がり、木野は知らず知らずのうちに微笑んでいた。人前で笑顔を見せること自体、かつての彼女にはあり得ないことだった。

 目的の駅に着き改札を出ると、指定されていた場所を目指す。約束の時間までにはまだ余裕があるので、前もって下見をしておくつもりだった。なにしろ初めての経験だ。心に決めてはいても、いざとなるとついつい腰が引けてしまいそうになる。場の雰囲気に慣れておけば、少しは気が楽になるかもしれない。
 駅前広場から歩行者用のデッキが目印の高層ビルへと続いている。周辺の雑然とした雰囲気にそぐわないまだ真新しい歩道からは、固くよそよそしい印象を受ける。なんだか自分が歓迎されていないようで、気持ちはますます萎縮していく。ここまで来る途中何度も繰り返された、やはり踵を返して家へ戻ろうかという考えが、また頭をもたげてきた。そのとき明るいざわめきが耳に届き、つられて木野はデッキから眼下のオープンスペースを覗き込んだ。


★  ★  ★


 会場には既に予想以上の人数が集まっていた。男女取り混ぜて7、80人はいるだろうか、皆この時のために用意した、とっておきの衣装を身に着けている。やはり多いのは白とサックスブルーの涼しげなセーラー服だった。他にはブレザーに赤いネクタイの男子学生スタイル、メイド服、魔法使いめいた黒いマント、ピンクのナース服、バニーガール、カエルの着ぐるみもひとりふたり見受けられる。なぜかのっそりと突っ立っているダースベイダーは、根本的に何かをはき違えているのだろうか。ともかくその混沌とした空間は、何かが起こりそうな予感に満ちていた。

 木野は会場全体から発散されているわくわくした空気に気圧されながらデッキの階段をゆっくり下りていった。身体をほぐすもの、何人か集まってポジションや振付けの打ち合わせをするもの、じっと目を閉じ精神を統一するもの、本番に向けてそれぞれ準備に余念のない人の輪に入っていけず躊躇していると、後ろから声を掛けられた。

「参加者の人?」
 振り返ると、伸ばしっぱなしに見えるのに感じよくまとまった茶髪で、白いシャツに赤いネクタイをきちんと締めた長身の男が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「は、はい」
 小さな声で答えた途端、突然顔が赤くなりはじめたのを感じ、木野は慌ててうつむいた。男は柔らかい声で続けた。
「ようこそ。僕が今回の呼びかけ人、Agentです。フォーメーション調整のために出欠を取っているので、お名前とパートをお聞かせ願えますか?」
「ペヨーテ。希望パートは………な、永戸です」
 木野はBBSでの参加申し込みに使ったハンドルネームと、DVDを観ながらずっと練習してきたパートのキャラクター名を告げた。
「ああ、眼鏡をかけてますものね。あのキャラは結構人気が高いんですよ」
「あ、いえ、そういうわけではないんですけど」
 自分の声がだんだん声が小さくなっていくのを、彼女はどうしようもなかった。
「どうしました? 緊張しているんですか」
「ええ……あの……私、はじめてなもので……」
「そうですか。心配いりませんよ、今日も初参加の方はたくさんいらっしゃいます」
「でも見たところ、みんな若くって………私みたいなおばさん、参加しちゃいけないような気が」
 男は小さくくすりと笑って言った。
「何を言ってるんですか、全然おばさんなんかじゃないですよ。それに年齢は関係ありません、大人も子供も、男性も女性も、そして宇宙人や未来人や超能力者だって、誰もが一緒に踊ることに意味があるんです。ほら、あのダースベイダーの人、貿易会社の部長さんだそうですよ。家で娘さんにダンスの手ほどきを受けたと、嬉しそうにおっしゃってました」
「え、そんな人も参加してるんですか?」
「そう、一緒に楽しみたい人なら誰でも大歓迎です。あなたも一人でいられなくなったんでしょ? みんなそうやって集まってきたんです。わかりますよ、僕も仲間だから」
「仲間……」
 その言葉に、木野はいままで感じていた壁がすうっと消えていく気がした。そうか、みんな理由はさまざまだろうが、参加したいという気持ちはひとつなんだ。同じ気持ちを共有するものを、この瞬間は仲間と呼んでもいいのかも知れない。
「さあ、早く着替えていらっしゃい。そのビルのトイレを借りられるよう話をしてありますから」
「はい。じゃ、また後ほど」
 木野から、電車を降りた時の不安げな表情はすっかり消えていた。


★  ★  ★


「これより、第4回アッパレツウカイ合同ダンスOFFを開催します」

 Agent氏が拡声器を通してOFFの開始を告げる。事前に組まれたフォーメーションに従って整列した参加者が、それを歓声で迎えた。最終的に参加者は120名にまで膨れ上がり、それを取り巻くギャラリーもどんどん増えていく。心を込めて作り上げたコスチュームを身にまとった参加者たちの顔は晴れやかだった。その一隅に陣取った木野は、黒マントにとんがり帽子、肩にはぬいぐるみの猫を縫い付けたいでたちだ。さすがに生足をむき出すのは世間に対して申し訳ないと思っていたが、周囲を見渡して、セーラー服を着ていても良かったかな、と少し考えた。

「みなさん、準備はいいですかー!」
「はーい!」
「待ちくたびれたー!」
「早く踊ろー!」
 Agent氏の呼びかけに、参加者が口々に答える。
「じゃあ、カウントダウンを始めまーす。一緒に! 3!」
「2!」
「1!」
「スタート!」
 全員が声を合わせて叫んだ。PAからイントロが迸り出た。

 これは夢? 現実? 木野はいま自分の体験していることが信じられなかった。100人を超える、性別も年齢も職業や学校もばらばらな見知らぬ人たちが、同じ音楽に合わせて踊るためだけにこうして集まっている。そして、他ならぬ自分自身がその輪に加わっているなんて。いままでこんなふうに他人と何かを為したことがあっただろうか。数式の美しさに取り付かれた学生時代も、プログラミングの奥深さに心奪われた研究員時代も、基本的には一人きりの時間に充足し、他人を必要としたことなどなかった。


★  ★  ★


 一ヶ月ほど前のことだった。たまたま三人組の誰かが置き忘れた文庫本を何気なく手に取り、そのありえない物語にたちまち引き込まれた。普段読むものといったらプログラミング言語のリファレンスくらいなものだ。荒唐無稽ではちきれんばかりの元気さに溢れ、少しほろ苦い若者向けの小説。以前の木野ならば共感する要素などまったくなかったに違いない。しかし欠落感を覚えていたその時の彼女にとって、その小説は心の隙間にぴったりと収まったのだった。
 その後、物語がアニメ化されていることを知り、全巻を早速ネットで取り寄せた。直接店頭で購入するのには、まだためらいがあったのだ。届いたDVDは、魔法のおもちゃ箱のようだった。つぎつぎ眼前に展開する鮮烈なシーンの連続に、木野は虜になった。そして何より彼女を興奮させたのはエンディングの曲とともに繰り広げられるダンスシーンだった。世界中の楽しさを凝縮したら、きっとこんな形になるに違いないと、彼女は思った。
 木野がこの「アッパレツウカイダンス」をみんなで踊ろう、というBBSでの呼びかけに出会うのは、まもなくのことだった。わずかな逡巡があったのは否めない。だが結局、運命に導かれるように、彼女は参加申し込みのボタンをクリックしたのだった。

 自分が心の欠落感を意識しはじめたのはいつだったろう。つり革にぶら下がりずっと目を閉じて外界を遮断していた帰宅時、ふいに女子学生の笑いさざめく声が耳に飛び込んできた、あの時だったかもしれない。
 はっとして耳をすませると、さっき見たばかりの映画について話すカップル、会議の結果に納得いかず同僚に文句を垂れるサラリーマン、バーゲンの成果を自慢する主婦、次の旅行先を国内か海外か決めあぐねて友人に相談する初老の男性、次々といろんな声が湧き上がってくるのが聞こえた。自分の周りはこれほど会話で満ちていたのか。目蓋をそっと上げてみた。自分のつま先からゆっくり視線を上に移動させる。前に座ったOLの手にした携帯電話にぶら下がるストラップが鮮烈な色彩を持って視線を捕らえた。隣の男子学生がひろげたマンガ雑誌のカラーページが躍動している。その横でこくりこくりと眠り込んでいる中年男性の腕時計に車内灯が反射して煌めいている。
 目に映る小さな世界の美しさに気付き、涙がこぼれそうになるのを慌ててこらえた。感動の涙というわけではない、ただただ驚いたのだ。世界にはまったく自分の認識していなかった顔があるという事実に。それとともに、名前を知らない感覚が襲ってきた。寂しくて、切なくて、不安で静謐な感覚。今ならば、それが「孤独」なのだとわかる。

 たぶんあの三人組が木野の生活に関わりはじめて以来、少しずつ変化が蓄積されてきたのだろう。それまで交わったことない、生命力の塊のような三人の発する振動が木野の鎧を絶えず刺激し、やがて亀裂を生じせしめていった。あの日、電車内で訪れた出来事は、ついにその鎧がばらばらに砕け散った瞬間だったのだ。

 新しい世界を確認するように、木野は車内を眺め渡した。人が、こんなにたくさんの人が、それぞれの人生を生きている。そして、細く心もとない絆を大切に握りしめている。彼女はその場にいるすべての人を、たまらなく愛しいと感じた。男も女も、若者も老人も、長身も短躯も、黒髪も金髪も………金髪も………金髪!?

 ふいに木野は現実に引き戻された。目の端に引っ掛かったのは、観客の中にいる金髪の男だった。そしてその傍らにいるショート、ロング、パーマの黒髪は!


★  ★  ★


「これかいね、最近流行っとるいうダンスは」
 西秋が腕組みをしながら、目の前で踊り狂う一団を眺めていた。
「ほうよ西秋、ネットではえらい騒ぎじゃ。全国で開催されておるダンスOFFの様子が、動画サイトにどんどんアップされとる」
「なるほど、確かに楽しそうじゃ」
 芦野が説明するのに、大木がうなずいた。
「これだけの大人数をまとめるのは大変じゃろうなあ。それぞれよほど練習を重ねとるとみえる」
 西秋が続ける。
「素人衆がここまでできるんじゃ。わしらも、うかうかしてはおられんわい」
「……そろそろ」
 金髪のマネージャーが横からぼそりと言った。
「おおそうじゃそうじゃ、油を売っとる暇はないんじゃった。芦野、大木さん、急ごうや」
「おう」
 四人が人ごみをかき分けてその場を立ち去ろうとしたとき、大木が不意に足を止めた。
「どうしたんじゃ、大木?」芦野が尋ねる。
「あ、いや。今ちらりと見覚えのある顔が……」
 答える大木をさえぎるように西秋が言う。
「まさか。こがいな集団に参加する知り合いがおるわけなかろう。大木さん、そそっかしいけえ」
「んんん、そうか。そうじゃのう。見間違いか、わはは」
「そうじゃそうじゃ、わはは」
「わはははははははは」
「………ははは………」
 BPの三人とマネージャーは笑いながら、その日行われるイベントの会場に向け、雑踏に姿を消した。


★  ★  ★


「ちょっとちょっと、危ない」
「すすすすすみません!」
 慌てて隠れようとした木野がフォーメーションを崩し、他の参加者にぶつかった。身の竦む思いでダンスを続けながら、彼女はBPとマネージャーのいた方向をちらちら横目で見る。よかった、どうやら気付かれずに済んだようだ。大きな混乱もなく、ダンスOFFは成功裡に終了した。

「今日はどうもありがとうございました」
 木野は上気した顔で、撤収作業をしていた呼びかけ人のAgent氏に礼を言った。
「こちらこそ、参加してくれてどうもありがとう。思ったよりカンタンだったでしょう? 次回もご一緒できるといいですね」
「はい、ぜひ!」
 Agent氏の穏やかな笑みを見ながら、またひとつ鎧がはがれたのを木野は感じていた。振り仰ぐと、目にしみるような夕焼けの空が広がっていた。

 いつもと違う電車で帰途につき、いつもの駅で降りていつもの商店街を抜ける。いつもはすでに静まり返っている時間にしか通らない商店街は、夕食の買い物をする人たちで賑わっていた。青果店の店頭に並んだ林檎に目が止まり、ダンス会場で見た夕焼けの赤さを思い出す。林檎なんて、もう何年くらい食べていないだろう。口中に甘酸っぱい香りを感じた気がして、木野はひと山の林檎を買い求めた。
 こうして、いつもと違う一日が少しずつ積み重なっていくのだった。


★  ★  ★


「オハヨウゴザイマス」
「おはよう。ミックスダウンは終わったかしら?」
「シュウリョウシマシタ トコロデ シュウマツハ タノシカッタデスカ」
「え? ええ、まあね」
 なぜ7型がそんなことを? 嫌な予感がした。
「ヨク トレテイマスヨ」
 そう、確かあの場所にはいくつもの防犯カメラが設置されていた。
「ゴランニナリマスカ」
 木野の顔から血の気が引いていった。
「OFFノヨウスヲ ロクガシテオキマシタ」
 モニタの画面が切り替わり、ダンスOFFの光景が映し出された。そして黒いマントを身にまとった木野が………

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 完全防音のぶ厚い扉を通して、木野の叫び声が薄暗い廊下に響き渡った。

〈 終 〉

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【2007/06/09 13:00】 | あばれ旅SS
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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pinksun

Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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