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BP04 亀戸電撃作戦
 芦野がスタジオの照明をすべて点灯すると、部屋の隅にNYAOが膝を抱えて座り込んでいた。

「うわあ、びっくりした。そがあな所におりんさったか」
「ああ堪忍な、驚かして。ちょっと考え事しとってん」
「邪魔はせんけえ、ゆっくりしとってください。おやすみなさい」
「ええんよ芦野。そうや、しばらく話さへん?」
 そう誘われては断るわけにもいかず、芦野はぎこちなくNYAOの隣に腰を下ろした。

「芦野、もう寮には慣れた? 毎日きついやろ」
 何故だろう、いつもと違って変に優しい声だ。芦野は戸惑った。
「いえ、わしらまだまだですけえ、もっと頑張らんにゃいけん思います」
「真面目やなあ。あんたたち見てると、昔の私を思い出すわ」
「昔いうて、わしと五つしか違わんし」
「そう、五つも違うんよ」
「そがいに大きい差じゃろうか」
「大きいよ、五年て」
 ふと言葉を切って、NYAOは寂しげな表情になった。

「私なあ、このHORNETが最後のチャンスや思うとるねん」

 雲の上にいるように感じていた人の思いがけないひと言に、芦野は耳を疑った。
「最後って。でもNYAOさん、歌も踊りもえらく上手いじゃろう。わしゃあ、あんたほど力のある人を見たことありゃあせん。おまけにスタイルええし、美人じゃ」
 NYAOの顔は少しだけほころんだが、やはりその表情は寂しげなままだった。
「ははは。歌と踊りが上手いだけで売れるんなら、私はとっくにミリオンセラー出しとるよ。実力と人気は別モンや」
「じゃけど、実力ありさえすりゃあ……」
「もうデビューして五年経っとんやで。その間にグループ名も変わったし、メンバー交代もあったし、ソロでもやってみたんや。それでもなあ、なかなかうまくはいかんのんよ」
「……ほうじゃったら、何が問題なんかのう」
「わからへん。わからへんけど、トップに立つ者には会った瞬間ビリビリくるものがあんねん。それはほんまや」
「ビリビリ、ですか」
 NYAOはちょっと間を置くと、首を傾けて芦野に視線を移した。
「私はなあ、正直あんたたちが羨ましいわ。あるんよ、あんたたちにはそれが。私はそう思う」
「まさか!」
「嘘やないよ。まあ、まだピリピリくらいやけどな、正味な話」
 芦野はどう答えていいか判らなかった。
「がんばりや。私は好きやで、あんたたちのこと」
「NYAOさん……」
 芦野の胸に、名付けようのない何かが込み上げた。

 NYAOは勢いよく立ち上がり、腰の辺りを払って言った。
「さあもう寝るわ。おおきに、付き合ってくれて。明日は亀戸や、よろしくな」
「は、はい。おやすみなさい」

 一人スタジオに残された芦野は、NYAOの出て行ったドアをいつまでも眺めていた。


★  ★  ★


 夜が明けた。亀戸ライブの初日だ。

 亀戸とは東京23区の東部、江東区亀戸にあるショッピングモール、サンデーストリートを指す。イベントスペースを備えたこの場所で、毎週末イベントが行われる。HORNETとして若手のタレントをまとめて出演させることで、Confuseはこのスペースに定期的なスケジュールを確保したのだった。BPも当然出演することになるわけだが、二曲しかない持ち歌はHORNETの路線とは相容れない。BGやBoysTileのサポートをする他に披露できるものは、柴山の用意したあの一曲だけだ。それでも彼女たちは、与えられた機会をみすみす逃すような真似はしなかった。今日から始まるステージで彼女たちはトップバッターだ。むろん、それは前座とも呼ばれる役割だったが。

「芦野、大木さん。ええか、わしらは懐メロ歌手とは違う。この曲を最新キラーチューンのように響かすんじゃ」
「わかっとる。持てる力をすべて注ぎ込んで――」
「――はみ出した部分がBPじゃな」
「そのとおり、さあ出番じゃ!」

 三人はピコピコした電子音に乗って、まばゆく光る舞台に登場した。観客は聞き覚えがあるはずなのに、それでも初めて聞く不思議な音楽に耳を奪われた。
 BP向けに再アレンジされた「風に吹かれて不機嫌ジェニー」は、原曲のキッチュな手触りがなりをひそめ、キュートなチップチューンが全編にちりばめられていた。なおかつテンポはアップしてスピード感が増し、ハウスミュージックの洗礼を受けたリズムは四つ打ちでより低音を効かせたものとなった。BPの声と振付けが加わって、それは新しさと懐かしさを兼ね備えた、まったく新しい曲として生まれ変わっていた。

(うまくいきそうだ)

 客席の後方でステージを見ていた柴山は、確かな手応えを感じた。BPのために選択されたサウンドプロデュースの方向性は間違っていない。彼は計画をさらに進めることにした。三人に関するあらゆるデータに加え、過去二十年間にわたる音楽市場の動向、さらには小説、映画、ドラマ、アニメ、アートや風俗から政治、社会情勢、事件、事故、自然災害に至るまで、ありとあらゆるモノとコト……要求されている情報はまだ山のようにある。しかし、例えば外来種によるタンポポの遺伝的撹乱に関するレポートなどというものが、なぜ音楽制作に必要なのか、彼にはまったく理解できなかった。まあしかたがない、今は奴に賭けてみるしかないだろう。

「お疲れ。よかったよ」
 舞台の袖でNYAOに声をかけられ、芦野は少し顔を赤らめた。
「ありがとうございます。わし、NYAOさんのバックもきっちり務めますけえ」
「なんや、今日は頼もしいな」
「へへ……。まかせといてください」

 控え室に戻ると西秋が芦野に尋ねた。
「NYAOさんと何かあったんか。えらい仲良うなって」
「ああ。いや、べつに。なんもありゃあせんよ」
「それより早うビラ配りにいかにゃあ。次のステージが始まってしまうぞ」
 大木が二人の間に割り込み、会話は曖昧なまま終わった。
 西秋は芦野から受ける印象が、どこかいつもと少しだけ違うのに気付いた。しかし、それは決して悪い感じではない。まあ詮索するまでもないだろう、芦野が大丈夫ならそれでええ。
 西秋はビラの束をとり、二人の後を追った。


★  ★  ★


 週末の亀戸ライブが始まって一ヶ月が経った。ライブが定期的に開催されることもあって、少しずつHORNET目当ての固定ファンが客席を埋めるようになっていた。いまのところ一曲しか持ち歌のないBPの仕事の中心は、相変わらずバックダンスのサポートとビラ配りだ。地味な活動だが、広島時代のことを思えばなんのことはない。むしろ、ほんの少しの時間でも定期的に人前に立つことで彼女たちは着実に舞台感覚を掴み、「ジェニー」をすっかり自分たちのものにしていた。

「お歌のおねえちゃん」
 ビラを抱えた西秋のスカートを引っ張るものがあった。彼女が振り向くと、四、五歳の少女が西秋を見上げてにっこり笑っていた。
「おねえちゃん。私にもちょうだい」
「お嬢ちゃん、見てくれるんか。ありがたいのう。ほれ、持っていきんさい」
 西秋がビラを手渡すと、少女はありがとう、と言って駆け出した。
「おかあさん。ほら、もらったよ」
 少女がビラを高く掲げて母親のもとに駆け寄るのを、西秋は目を細めて眺めていた。
「可愛ええ子じゃったのう。西秋さん、子供好きなんか」
 突然、背後から話しかけた大木の声で、西秋ははっと我に返った。
「いや、嫌いじゃ。とくにおなごはな」
 少女を見ていた時の微笑みは、西秋の顔からすっかり消えていた。
「とてもそがいな様子にゃあ見えんかったがのう」
「嫌いじゃ。弱っちいし小狡いし、すぐ泣くしのう。嫌いじゃ、おなごは」
「そんなむきにならんでもええ。おかしな奴じゃのう」
 大木は腑に落ちない顔をしながら、ビラ配りに戻った。

 上京した当初は、あまりに変化が大きすぎて家族のことを考える余裕もなかった。しかし日々の生活にも慣れてくると、西秋は自分の心が依然としてあの日、あの場所で凍りついているのを感じていた。ふと気を緩めると忍び込んでくる馴染み深い感覚を断ち切るように、西秋は声を張り上げた。
「HORNETのライブです。よろしくお願いします」
 今の家族はHORNETじゃ。面倒見にゃならんのはBPじゃ。ちゃんと前向かんかい、西秋。彼女は心の中で自分を叱咤した。

 その日のライブが終わると、柴山が三人を待っていた。
「車に乗れ。行く所がある」


★  ★  ★


「いつもいつも、いきなりじゃのう。わしらにアーバンライフを楽しむ余裕を与えようちう気はないんかいの」
 移動用に使っているワゴン車の後部座席から、西秋が厭味たらしい口調で言う。
「君にそんな洒落た趣味があるとは知らなかったな。こんど夜景の見えるレストランにでも招待するよ。だが今日は仕事だ」
「あんたとデートとはぞっとせんな。仕事の方がなんぼも嬉しいわい」
「いったい、どがいな仕事なんかいのう」
 芦野が当然至極な質問をする。
「サウンドプロデューサーと顔合わせだ。そろそろ曲が必要だろう」
「わしらの曲か!」
 三人は色めき立った。
「誰じゃそれは。有名な人なんか。事変のカメダとか、DCPRGのキクチとか」
 大木は著名なミュージシャンの名を挙げる。
「そがいなことあるかい。Confuseじゃけえ、クワタか」
 芦野も結構ずうずうしい。
「アンディ・ウォレスがええな、わしは」
 いちばん豪胆なのは西秋だった。どうにも小癪な三人だ。
「君たちの自信には頭が下がるよ。だがね、まだ新人なんだ、プロデューサーも」
「なんじゃ、ぺーぺーか。そんなんにまかせて大丈夫なんか」
「そういう心配は私の仕事だ、西秋君。ああ、ここだ」
 柴山がハンドルを切ると、正面玄関に広く音楽業界で知られる会社「HAMAYA」のサインを掲げた小さなビルが目に入った。車はまっすぐ地下の駐車場に吸い込まれていった。

 車を降り、駐車場から続く人気のない通路を柴山とBPは進んだ。四人の足音だけが虚ろに響き、徐々に世界から隔絶されていくような感覚にとりつかれる。突き当たりの階段をさらに深く深く下る。いったいどこまで潜るのだろう。永遠に続くかと思われた下降は唐突に終わった。地下七階、建物の最下層だ。
「えらい陰気くさい場所じゃ……」
 重苦しい空気に、芦野の声は消え入りそうだ。
「できるだけ外界の影響を受けない環境が必要なんだ」
「それはまた、よほど気難しい先生でいらっしゃるんじゃのう」
 大木が皮肉めいた言い方をした。ただならぬ雰囲気に、憎まれ口でも叩いていないと気持ちが萎縮してしまう。実際見たことはないが、死体置場という単語が意識をかすめた。
 青白い照明は最小限に抑えられ、吐く息が白く見えるほど気温が低い。分厚く固いコンクリートに囲まれた狭い廊下の先に、その部屋はあった。

 柴山が壁面に備え付けられたテンキーを操作すると、鈍く明かりを反射する鋼鉄の扉がスライドした。柴山にいざなわれ、三人は部屋の中へと足を踏み入れた。
 室内は廊下よりもさらに暗い。扉が閉まって射し込んでいた明かりが断たれると、周囲はほぼ暗闇に包まれた。その闇に無数の小さな光が明滅している。耳が詰まりそうな静けさの奥で、何か低く唸っているようだ。
「変わった会議室じゃのう。ルノアールあたりでよかろうに」
 西秋が言うと、柴山は含み笑いで答えた。
「会議室じゃないよ、プロデューサーだ」
「何じゃ? 言うとる意味が判らんわい」
「ここが君たちのプロデューサーなんだよ」
「ここ?」
 まったく状況が掴めず混乱した三人に向かって、どこからともなく声が聞こえてきた。感情のこもらない機械的な声だった。

「ハジメマシテ。ワタシガ アナタタチノ プロデューサーデス」

「紹介しよう。YS-TK 7型だ」
 柴山の言葉は、三人の理解できる範囲をはるかに越えていた。


つづく

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【2007/01/31 18:00】 | あばれ旅
BP03 スズメバチの午後
「西秋、もう片付いたんか」
 芦野がドアをノックしながら訊く。
「まあ大方はな。しかしほんまに狭いのう、まさしく穴のようじゃ」
 西秋が自室からひょいと顔を出して言った。
「西秋んがたじゃあ、ひとりで広ーい部屋を使こうとったもんなあ」
「芦野は角部屋じゃけえ、まだましじゃろう」
「なんのなんの。窓開けたら隣のビルに手が届くわい」
 すでに荷解きを済ませた大木もやってきた。
「しかし、ほんまにここまで来たんじゃのう。夢のようじゃ」
「いやいや大木さんよ。これからじゃ、何もかも」

 都内某所に建つConfuseが用意した宿舎。本格的なレッスンが可能な広々としたスタジオを備えたこの寮が、三人のこれから東京で暮らしていく場所だ。

「しかし妙な名前じゃな、ここは。ほれ、昔プロレス漫画であったじゃろう、虎の……」
「その先は言うちゃいけん、西秋さん。歳を疑われる」


★  ★  ★


「春から東京に来てもらえないか」

 第二弾シングルリリースから一ヶ月ほど経った頃、三人は柴山から、そう打診された。
「東京……」
 三人は突然の話に耳を疑った。もちろん上京は一つの目標ではあったが、まだ中学二年生である彼女たちには、それはもっと先の出来事だろうと思われていた。少なくとも中学を卒業してからだろうと。いきなり直面した現実に、三人は喜びよりもまず不安を感じた。
「社内にも、まだ早いんじゃないかという意見はあった。しかし、ちょっと新しい動きがあってね、それならばという事で時期が前倒しされた」
「動きとは何じゃ」
 西秋が訝しげに尋ねた。
「Confuseの若手女性アーティストを一括してプロデュースする、HORNETプロジェクトが立ち上げられるんだ。君たちにもそれに参加してもらいたい」
「ほいじゃあBPではなくなるいうことか」
「いや、あくまでBPはBPだよ、安心したまえ。しかし急な話だ、すぐには決められないだろうから時間を……」
「その必要はない。わしは行くぞ」

 柴山の言葉を遮って西秋は答えた。いかなる時も彼女には迷いというものがない。自分の立ち位置を客観的に見極め、必要とされるものを瞬時に理解する勘を、彼女は備えていた。それは彼女のまだ短い人生で、身につけざるを得なかった能力でもあった。

「西秋さん、わしも行こう。いつかは通る道じゃ」
 大木は一年半に及ぶBPの経験で、西秋の選択に信頼を置くようになっていた。
「東京には買いもんするとこも、ようけあるじゃろうし」
 芦野はすでに、東京での生活を思い描いているようだ。

「いいだろう。では四月から君たちは『蜂の穴』の住人だ」
「蜂の穴?」
 禍々しい響きの言葉に、三人は眉をひそめた。
「そう、HORNETの寮だ。メンバーは全員そこに住むことになる。住人は皆、毒針を持っているからな。甘くないぞ」
 柴山は意味ありげな笑みを浮かべて言った。


★  ★  ★


「何遠慮してんのん。もっと前でてこな、あかんやん!」
 芦野に鋭い声がぶつけられる。HORNETの先輩ユニット、BGのNYAOだ。
 よろけて足がもつれ、芦野は転倒した。
「はいやめやめ。もうええわ、今日はここまで」
 床を這う芦野に、NYAOが追い討ちをかけるように言う。
「そんなステップも踏めへんの? 四年もスクール通って何を習ってきてん」
「す、すみません……」
「ライブまでもう日にちがあらへんよ。あんたが失敗したら恥かくの、私なんやで」
「次までに、できるようにしておきます」
「たのむわ、ほんま」

 NYAOがスタジオを後にし、BPの三人が残った。転入した中学校から帰って六時間、ぶっつづけで行われたレッスンがやっと終わった。

「大丈夫か芦野。今日は集中攻撃やったのう」
 汗まみれで大の字に寝転がった芦野に大木が声をかける。
「平気じゃ。それより三人揃えて練習もせんとな」
「まずは少し休みんさい。どうせまだ、わしらの出番はほとんどないけぇ」
 西秋が芦野にタオルを手渡しながら言う。
「しかし毒針いう意味が、ようわかったわ。ちくりちくりと痛いのう」
「しょうがないわい。実際他の寮生と比べたら、わしらなんぞひよっこじゃ。西秋も驚いとったろうが」

 蜂の穴に着いて早々、レッスンスタジオに向かった三人は、そこで先に入寮していた数人が練習しているのを目にしたのだった。スタジオに入るや否や、かつて体験したことのないほど張りつめた空気に、三人は足が竦んだ。彼女たちと違って既にメジャーデビューしているHORNETメンバーたちのパフォーマンスは、BPとは桁違いの完成度だった。フロアに鳴り響く轟音の中、彼女たちは、波を切り裂いて泳ぐイルカのごとく力強くしなやかに躍動し、その歌声はどこまでも届きそうなほど滑らかに伸び、そして誰もが煌めいていた。三人はただただ、その光景を見つめる以外になかった。
 一頭のイルカが群れを離れ、硬直したままの三人の前に立った。

「あんたらか、新入りは」
「は、はい。Black Perfumeの西秋です。えーと、この二人は……」
 いつもは勝ち気な西秋も、すっかり雰囲気に飲まれていた。
「自己紹介は後でええ。あんたらにはまず、私のバックダンサーをやってもらうから。亀戸でライブが始まるまで二週間や。それまでに振り覚えてな」
 それがNYAOだった。連日の特訓が始まった。

 HORNETは、Confuseの若手女性アーティストを合同でプロデュースするプロジェクトだ。メンバーとして前出のNYAOが率いる六人グループのBG、四人組のBoysTile、他にデビュー前のソロシンガーが三人、さらにBPの三人を含めた総勢十六名が全国から集められ、蜂の穴の住人となった。わざわざ全員を同じ宿舎に住まわせるのは、プロであるBG、BoysTileと新人とが、互いに刺激を与えあうことを期待してのことだった。
 対外的にこのプロジェクトの目的は効率的な資本投下を謳っていたが、実際の狙いは今の芸能界を牛耳るモーニング少女隊に同様のコンセプトで対抗することだった。世間的に見れば二番煎じなのは明白だ。しかし逆に言えば、そこまでなりふり構わない戦略を取らざるを得ないほど、モー女の勢いは凄まじかったのだ。


★  ★  ★


 芦野がNYAOから手厳しい指導を受けた翌日、三人が学校から戻ると、寮のロビーに柴山の姿があった。

「やあおかえり、待ってたよ」
「久しぶりじゃのう。またわしらをスカウトして、別のプロダクションに売り払う算段か」
 西秋が軽口を叩く。
「相変わらず口が悪いな。寮はどうだい」
「ああ、天国のようじゃわい、ここは。雨露はしのげるし、三度々々の飯には不自由せんしのう」
「その点はムショも同じじゃけどな」
 芦野が話を混ぜっ返す。
「恐ろしい牢名主もおるしのう、芦野よ」
 大木の言葉に、芦野は前日のレッスンを思い出して苦い顔をした。
「まあまあ、取りあえず君たちが元気なのはよく判った」
 そう言って柴山はバッグから一冊のスコアを取り出した。
「今度、君たちに歌って欲しい曲があるんだ」
「わしらに曲が貰えるんか」 
 西秋がスコアに手を伸ばす。
「まだオリジナルは早い。カバーだよ」
 急速に興味をなくした西秋が、気の抜けた声で答える。
「なんじゃ、わしらの歌と違うんか。じゃけど、なんでスカウト担当が曲を持参するんじゃ」
「もうスカウト担当じゃない。今日から私は君たちのマネージャーなんだよ」
 三人は意外な返答に、ぽかんとした。西秋がにやりとして言った。
「ははあ、さてはわしらに惚れんさったな。淫行はいけんぞ、淫行は」
「そんな台詞はおむつが取れてから言うもんだ。それより本番まで一週間しかないぞ、急いで練習しろ」

 スタジオにまだ他の寮生は来ていなかった。柴山がCDをセットすると、彼女たちが今まで耳にしたことのない種類の音楽が流れ出した。それは抑揚のない機械的なリズムとチープな電子音、裏声を使った女性ボーカルの絡み合った、不思議な曲だった。

「ピコピコいうて、妙な曲じゃのう。なんかむず痒いわい」
 大木が顔をしかめて言う。
「実はね、これは私が二十年ほど前にバンドを組んでいた頃、演っていた曲なんだ」
「柴山さん、ミュージシャンじゃったんか」
 芦野が目を丸くして尋ねた。
「まあ、短い期間だったけどね」
「どうにも古くさいな。なんでわしらにこれを?」
 西秋が腕組みをしながら柴山に視線を遣る。
「確かに古い曲だ。しかし、アイドルソングでもない、ロックでも歌謡曲でもない、この微妙なスタンスの曲の方が、広島で君たちがリリースした曲よりもずっと三人の魅力を引き出せると思うんだ」
「わしら自身が微妙ちう意味か」
「それは君が一番よく判っていることだろう」
「ふん。ええじゃろう、やってみるわい。タイトルは何じゃ」
「『風に吹かれて不機嫌ジェニー』。自分で言うのもアレだけど、結構売れたんだよ」
 柴山はちょっと照れくさそうに言った。

 CDは淡々と電子音を奏で続けていた。
 三人が初めてテクノポップに触れた日だった。


★  ★  ★


 深夜、静まり返った寮の廊下を、芦野は一人スタジオに向かった。来る日も来る日も続く激しい練習で全身の筋肉は悲鳴を上げ、まともに歩けないほどだったが、彼女はどうしても翌日に迫ったライブを完璧にこなしたかった。NYAOにも、ましてやBPのメンバーにも迷惑をかけるわけにはいかない。
「もっと前でてこな、あかんやん!」
 NYAOの言葉がまだ離れない。彼女の顔からはいつもの微笑みが消え、小さく震えてさえいた。

 父親の都合で小さい頃から何度も転校を繰り返した芦野は、新しい環境にとけ込むため周囲に自分を合わせることが、いつしか習い性となっていた。どうせすぐまた別れてしまう人々の中で、いらぬトラブルを抱えることはない。一歩後ろに引いて自分を抑える日常を繰り返すうち、彼女は自ら道を選ぶことをしなくなっていた。傷つくよりは、自分の意思を消し去ってしまったほうが、よほど心安らかでいられる。そうして作り上げられたのが、彼女の穏やかな微笑みだった。
 思い返せば、アクターズステージに入学したのも友人に誘われてのことだった。しかしその友人が辞めた後もスクールに残ったこと、BPとして活動を始めたこと、さらには家族のもとを離れ遠く東京までやってきたこと……。彼女はようやく気付いた、この道は自分が選んだものだと。もはや他人のものではない自分自身の現実に、自分自身で責任を取っていくのだ。彼女には、この震えが畏れによるものか、あるいは喜びによるものか判らなかった。きっと、そのどちらでもあったことだろう。

 スタジオの前まで来ると、ドアが僅かに開いてぼんやりと光が漏れていた。怪訝な面持ちでそっと覗いたが、ダウンライトが一つだけ灯った薄暗いフロアには、誰の姿もなかった。

「なんじゃ、スイッチの切り忘れか」

 芦野がスタジオの照明をすべて点灯すると、部屋の隅にNYAOが膝を抱えて座り込んでいた。


つづく

【2007/01/27 18:00】 | あばれ旅
BP02 広島死闘編
「曲が決まったぞ」
 教室に飛び込んでくるなり、芦野は西秋のもとに駆け寄った。
「ほんまか」
「ほんまじゃ。今、先生が言うとった。レッスンの後で譜面とテープを渡してくれるらしいわ」
「どんな曲じゃろう。タイトルは聞いたんか」
「ああ聞いたとも。『URANAI★ペロリンチョ』じゃと」
「な、なんじゃそりゃあ!」

★  ★  ★

「な、なんじゃそりゃあ!」
 レッスン室でふたりからその話を聞いた大木も、目を剥いて驚いた。
「それではまるでコミックソングじゃろう。芸人か、わしらは」
「まあ落ち着きんさい」
 西秋が興奮する大木をなだめた。
「これが落ち着いておられるか。わしら舐められとるんじゃ。だいたい西秋さんがいつもブリブリしとるから、つけ込まれるんじゃろう」
 気持ちをどこにぶつければよいのか、混乱した大木は西秋に矛先を向ける。まあ、八つ当たりだ。
「聞き捨てならんな、大木さん。わしが先生がたにブリブリしたおかげでデビュー第一号に選ばれたようなもんじゃ。感謝されこそすれ非難される謂れはないわい」
「熱うなりなさんなや。あんたちゃあ、いつもかつもどがいもならんのう。まずは曲を聴いてからじゃ」
 芦野がいつもの役回りで二人を取りなす。

 芸能スクールであるアクターズステージが生徒を集めるには、レッスンさえ提供すればいいわけでなく、スターを生み出すことで実績を示す必要がある。そこでスクールは開校時より大手芸能プロダクション、Confuseと提携を結んでいた。Confuseも手つかずの才能をいちはやく獲得できるメリットがある。両者の思惑が一致したのだ。しかし、海のものとも山のものとも判らない新人をいきなりデビューさせるのは、あまりにリスクが高い。そのためスクールとConfuseは共同で低予算のインディーズCDを制作、地元限定でリリースし、マーケティングを行うことになった。

 スクール第一期生の中からユニット代表として選抜されたのがBPだった。結成して半年、彼女たちは他に抜きん出て注目を集めるようになっていた。厳しいレッスンを重ねて身につけた実力もさることながら、西秋が狙ったBPのキャラクターがそれを後押ししていたことは間違いない。謎めいた大木、清楚な芦野、華やかな西秋といった三人の取り合わせの妙は、BPの大きな魅力だった。自らの力で掴み取ったCDデビューの権利、その評判如何で彼女たちの将来は決まるのだ。

 スクールのオーディオルームで、渡されたテープを聴き終わった三人は放心した顔つきで再生装置を眺めていた。
「こ、これは……」
 ようやく西秋が口を開いた。
「……相当な代物じゃのう」
「わしゃあ故郷(くに)に帰りとうなったわ」
 大木が天を仰いだ。
「おうちは新幹線ですぐじゃろう。それよりどうしたもんかのう、これは」
 芦野が、彼女には珍しく暗い声でふたりに問う。

 彼女たちにデビュー曲として提供された「URANAI★ペロリンチョ」は、SPADEなき後の芸能界を席巻したモーニング少女隊をイメージさせる、超アイドル指向の出来映えだった。いまや、本格的に歌で勝負するタイプの若手アーティストは姿を消していた。SPADEの時代はすでに終焉を迎えていたのだ。

「SPADEになるはずがモー女か。うまくいかんもんじゃ」
 大木の受けたショックは相当なものだった。三人はしばらくの間うつむいて黙り込んだ。やがて西秋がゆっくりと顔を上げた。
「ええじゃろう。完璧に演じてやろうや」
「やるんか、西秋」
 芦野が西秋の表情をうかがう。西秋は自信に満ちた笑みを浮かべながら続けた。
「ただ唄うただけじゃあ、出来上がるCDは子供騙しのアイドルソングに過ぎん。そりゃあわしにも判る。じゃけ、わしらの持つ力をすべて注ぎ込むのよ。ほしゃあ、絶対にそれをはみ出す部分が出てくるじゃろう。そこんとこがBPちうわけじゃ」
「西秋さん。あんたは……」
「こがいなちっこい枠にはまるわしらではなかろう。大木さん、BPの力を見せつけてやろうや」
「……あんたは、ばりプラス指向じゃのう」
 大木が呆れたように言った。しかし、その顔から迷いはすっかり消えていた。


★  ★  ★


 完成した三人のインディーズデビューとなるCDは、地元商工会の協力も得て市内CDショップ各店に並べられた。同時に店頭や各種イベントに三人が直接足を運んでキャンペーンも開始された。小さなスペースで、カラオケに合わせてパフォーマンスを行うのだ。

 商店街にいきなり現れた見慣れぬ三人娘に、道ゆく人々はわずかに驚きの表情を浮かべたが、わざわざ足を止めることはなかった。それどころか、全く無名の垢抜けない少女が派手な衣装で笑顔を振りまく姿は、失笑をさえ誘った。しかしひとたび曲が始まると、あたりの雰囲気は一変した。三人の存在を意に介せず通り過ぎていた人波が、彼女たちのパフォーマンスに気圧されたように流れを変え、やがて三人を取り巻く形で人の輪が作られていった。彼女たちの発する熱気は、店の用意したスペースにとても収まるようなものではなかったのだ。BPの名はキャンペーンのたび、少しずつだが着実に知られるようになっていった。

「アイドルちうのんも、やってみたら存外面白いもんじゃのう」
 何度目かのキャンペーンを終えて移動車のシートに腰を下ろすと、息を弾ませて芦野が言った。
「あんたぁいつも能天気で羨ましいわい。西秋さん、どうじゃろう。感触は悪うない思うたが」
 大木が汗を拭いながら、芦野から西秋に視線を移した。
「足を止めて聴いてくれる人は増えとる。場所が小さすぎて判りにくいがの」
 西秋は、助手席に座ったConfuseのスカウト担当スタッフである柴山に、皮肉とも取れるような言葉を投げた。
「君たち、キャンペーンに不満なのかな」
 柴山が薄笑いを浮かべて西秋に言った。
「販促が大事なんは知っとるわい。ただあんたも見とったじゃろう、あれくらいのスペースではわしらの力を伝え切らん。もっと広い場所が必要なんじゃ」
「スペースの大小は関係ないよ。要は君たちに伝える気持ちがあるかどうかだ」
「気はあるに決まっとろうが。何を抜かす」
 西秋は気色ばんだ。
「まだまだ元気だな。じゃあ次回はその『気』とやらを存分に見せてもらおうか。場所はアルパレスだ」

 彼の言葉に三人は息を呑んだ。


★  ★  ★


 アルパレスは市内でも最大級のショッピングモールで、その中央にある広場にはイベントスペースが設けられている。広い階段が三方を取り囲み、4階まで吹き抜けになった回廊からも見下ろすことのできる構造だ。軽く見積もっても1000人は集められる大きさだろう。ここでイベントが行われるということは、キャンペーンとして最大規模であることを意味する。

「さすが週末じゃ、買い物客が多いわ」
 控え室のモニターで会場の様子をうかがっていた大木が振り向いて言った。
「まさかほんまにアルパレスを抑えるとはのう。スクールもようやってくれたもんじゃ」
 メイクに余念のない西秋が、睫毛を整えながら答える。
「ふわあ。緊張すると眠くなってかなわん」
 眠気覚ましに室内をうろうろ歩き回っていた芦野が、ソファにどすんと腰を下ろした。大木が可笑しそうに茶々を入れる。
「あんたぁ、いつも眠たがっとろうが。緊張感なさすぎじゃ」
 ノックと共に、ドアの向こうから柴山の声が響いた。
「時間だ」
「っしゃあぁぁぁぁぁ」
 手鏡を放り投げて西秋が勢いよく立ち上がった。
「根性入れていこうや!」
 芦野と大木も席を立ち、西秋に続く。
「おう!」

 三人が控え室を出ると、柴山が通路の先を指差した。
「あそこに君たちの未来がある。その『気』があれば、掴めるはずだ」
 西秋は険しい目で柴山を睨むと、ふと表情を緩め、にっこり微笑んで言った。

「最後まで見ててね」

 その瞬間、彼の背筋にぞくりとするものが走った。自身もかつて音楽活動の経験がある柴山は、まだ中学生の三人組にトップアーティストと同じ種類の匂いを感じたのだった。
 彼女たちは呆然とする柴山を後に、背筋を伸ばして揚々とステージへ向かった。
(これは大変な宝物を掘り当てたかもしれない……)
 三人の後ろ姿を見送りながら、彼はそう思った。知らぬ間に彼の掌は、汗でじっとり濡れていた。

「本日のゲスト、Black Perfume の皆さんです」
 司会のアナウンスで「URANAI★ペロリンチョ」のイントロが始まり、三人は舞台に飛び出した。
 ステージ前に設けられた50余りの座席に客はまばらで、買い物客も彼女たちには目もくれず、通路を通り過ぎていくばかりだ。西秋はいきなりアクセルを全開にした。

「いくぞぉぉぉぉーーーーー!」

 バックトラックをかき消す圧倒的なボリュームで西秋の掛け声が会場いっぱいに響き渡ると、その場にいたすべての人々が一瞬動きを止め、ステージに注目した。
(さあて、曲が終わるまで、あんたがたの目を釘付けにしてやるわい)
 西秋の表情は、観客にそう宣言するかのように輝いていた。


★  ★  ★


 BPのファーストシングルは広島で評判を呼んだ。半年後リリースしたセカンドシングル「彼氏急募・委細面談」も完売、BPの人気が本物であることが証明された。そしていよいよ彼女たちは東京を目指すことになる。結成から一年半、BP第二期の幕開けだ。


つづく

【2007/01/22 18:00】 | あばれ旅
BP01 黒く甘い香り
 テレビ画面から飛び出さんばかりに躍動する四人の少女。その伸びやかな歌声と輝く笑顔に出会ったとき、大木黒綾ノの人生の歯車は回り始めた。彼女が小学四年生の夏だった。

 その日から彼女は、自分もいつか、その「SPADE」と呼ばれる少女たちのようになりたいと夢見るようになった。毎日何時間もCDに合わせて歌い、ビデオを見て踊るという、自己流のレッスンを重ねた。なにしろ彼女の住む町には、ボーカルもダンスも教えてくれるような場所はなかったからだ。こんなことで SPADE になれるのか。歌うほどに、踊るほどに彼女の中で焦りは膨れ上がり、同時に憧れも熱を帯びていった。

 すぐに飽きるだろうという両親の予想とは裏腹に、一年が過ぎても彼女の意志は揺らぐことなく、ままごとのような、しかし真摯なレッスンは続いていた。ますます思いを募らせる大木に一条の光が射した。あのSPADEを育て上げた沖縄の芸能スクール、アクターズステージが広島に開校するというニュースが彼女の元に届いたのだ。SPADE になれる! 彼女は驚喜し、両親にアクターズステージ入学の許しを乞うた。娘の熱意に両親は折れ、彼女は晴れてあの SPADE と同じスクールで学べることとなった。しかし毎日行われるレッスンに、彼女の町からは新幹線で通わなければならない。決して安くない授業料に加えて交通費、両親にとってはかなりの金銭的負担である。それでもあえて入学を許したのは、娘の頑張る姿をずっと側で見てきたからだった。一人っ子のせいか人見知りでいつも怯えたような様子を見せる彼女が、歌っている時には弾けるようにいきいきとした表情になるのだ。両親の胸に、入学を願い出た時の彼女の言葉が重みを持って響いた。

「わしゃあもう、歌なしでは生きていかれんのじゃ」


★  ★  ★


 念願のアクターズステージに入学し、大木は初めて本格的なレッスンを受けることとなった。ボイストレーニング、ダンスは言うに及ばず、演技、ウォーキング、話し方など、その内容は多岐にわたった。小学校が終わるや否や地元の駅に直行し、遠く広島のスクールに通う毎日。放課後、級友と過ごす時間も全くないのだが、彼女には少しも苦にはならなかった。もともと人付き合いは好きな方ではない。それより、自分の歌が上達することの方が、彼女にとっては大切だったのだ。スクールの生徒は彼女と夢を同じくする子供たちだったが、その中にあっても彼女が周囲に打ち解けることはなく、常に自分の中の夢だけを見つめていた。

 入学して一年が経ち、大木はアクターズステージでも孤立するようになっていた。だが、それを気にする素振りはまったく見せなかった。彼女には周りのことなど目に入ってはいなかったのだ。そんな状況が彼女に一種超然とした雰囲気を与えた。ボーイッシュなショートカットと涼やかな顔立ちも相まって、いつしか本人も気付かないうちに、彼女はスクール内で異彩を放つ存在となっていた。しかし彼女自身は、歌うことだけで夢に近づける幸福を感じていた。あの瞬間までは。

 陽が落ちてもそよとも風の吹かない、蒸し暑い夜だった。レッスンが終わった後、大木がいつものように一人で教室を出てエレベーターに乗ると、後を追うように飛び込んできた生徒が素早く閉ボタンを押した。扉が閉まり、エレベーターは二人だけを乗せて動き始めた。大木が怪訝な顔でその生徒の背中を見つめていると、彼女は大木に背を向けたまま言った。
「D組の大木さんじゃろう」
「……そうじゃけど」
「ちょっと顔を貸して貰えんかのう。悪いようにはせんけぇ」
 柔らかなウェーブのかかった長い髪が揺れ、微笑みながら彼女は振り向いた。
「わしゃあC組の西秋じゃ。よろしゅう」
 長い睫毛を通して覗く、強固な意志を感じさせる瞳だけは笑っていなかった。


★  ★  ★


「裕香な、あいつはいけん。交代じゃ」
「なんでじゃ。実力は一番じゃろう」

 スクール近くのハンバーガーショップで額を寄せて話し合っていたのは西秋黒文香と芦野黒優香。どちらもアクターズステージでアーティストを目指しレッスンを重ねる同期生だ。

 このスクールでは基礎レッスンの他、半年に一度行われる発表会へ向けての研鑽を要求される。芸能界デビューというゴールへ至るため、まずはそのステージで自らの力を誇示するのが大きな意味を持つことは、生徒の誰しもが知るところだった。発表会の出演者はソロ、ユニットの各部門が設けられたオーディションにより選抜された。

 西秋もアクターズに通う他の生徒たちと同じく、芸能界デビューの夢を抱いていた。だが一年間レッスンを受けてみて、自分にそれだけの可能性があるかを考えたとき、確かな自信を持つことはできなかった。そこそこの見てくれや歌唱力、ダンステクニックでは、周囲にごろごろいるアーティスト予備軍を掻き分けてのし上がることは不可能だ。完璧な計算と冷徹な観察眼を備えた彼女は、他者との差別化をユニットによる活動に求めた。

 最初に声を掛けたのは同じクラスの芦野だった。痩せっぽちで、背中まで届く長い滑らかなストレートヘアの彼女は、歌はまだまだ荒削りだが、出会った最初から西秋を驚かせた類い稀な声を持っていた。同じ炭素でできていても石炭はダイヤではない。彼女の声は、持って生まれた煌めきを放っていたのだ。西秋の呼びかけに彼女は大人びた微笑みを返し、二つ返事でOKした。

 そしてもう一人のクラスメイト、河井裕香にもユニット参加を持ちかけた。芸能スクールとはいえ入学間もない生徒たちは素人同然で、実力に大きな差があるわけではない。しかしその中で、歌もダンスもそつなくこなすオールマイティな優等生タイプの河井は、誰からも一目置かれる存在だった。西秋は、ユニットにおいてパフォーマンスの核となるメンバーを欲していた。河井がその目的にはもっとも相応しい存在だったのだ。彼女もまた、ユニット参加を快諾した。もっとも、ソロでも充分オーディションを通過できる力を持つ彼女にとって、ユニットは単なる遊びに過ぎなかったのだが。

 三人の名前に「香」の字が含まれることから、ユニット名は河井の提案でフランス語で香水を意味する「パルファム」とし、オーディションに向けた練習が開始された。西秋の予想どおり、安定感のある河井を中心にした歌とダンスは比較的容易に形を整えることができた。しかしリハーサルを重ねるに連れ、西秋はこの組み合わせに違和感を覚えはじめた。三人のスキルに埋められないほどの差があったわけではない。だが河井と他の二人の間には、何か決定的な違いがあったのだ。西秋はそれを敏感に感じ取った。

「実力云々の問題とは違う」
「ほうじゃったら何が問題いうんか」
「裕香はなあ、黒うないんじゃ」
「意味が分からんわい」
「所詮お嬢さんのお遊びなんよ、ありゃあ」

 この世界でやっていくには、裕香は優等生すぎる、そう西秋は思い至ったのだ。もっと貪欲で、なりふり構わない熱さと黒さを持ち合わせたメンバーが必要だ。西秋は既に、その黒いもう一人を見つけていた。


★  ★  ★


「用というのは何じゃ」

 スクール近くの小公園に導かれた大木は、西秋に向かってぶっきらぼうに訊ねた。蝉が寝ぼけたように一声鳴いた。


「電車の時間がある。早う済ませてもらえんか」
「ほうじゃったら単刀直入に言おう。大木さん、わしらと組まんか」
「わしら?」
「わしとC組の芦野じゃ。顔くらいは知っとろう」
「組むいうたらユニットのことか。わしに何の得があるんかいのう」
「大木さんはのう、一人では無理じゃ」

 他人に面と向かって自分を否定されるなど、大木には今までなかった経験だ。鼓動が速く、多く打つのを感じた。

「どういう意味じゃ」
「そういきり立たんでもええ。あんたは周りを見とらん、自分の中だけで完結しとるんじゃ」
「周りなんぞ関係あるか。わしは自分が上手うなりたいだけじゃ」
「じゃけえ、いつまで経っても観客は自分一人だけじゃ。周りの人間に聴かせてこその歌じゃろう」

 何のために、誰のために歌うのか。西秋の言葉で、大木はそんな考えがあることに初めて気付いた。それまで彼女は、自分が楽しいから歌っているのだと思っていた。しかしそれなら何もスクールにまで通うことはない。昔のように自室でひとりきり、好きなように歌っていれば事足りる。SPADEになるという夢のその意味を、たった今、彼女はおぼろげに自覚しはじめたのだった。じっとりとした空気のせいでなく、額に汗が吹き出した。

「せんずりこいても意味ないちうことか」
「世界中に大木さんの歌を聴かしてみんさい。きっと、せんずりより気持ち良かろう」
「あんた方と組んだら、気持ち良うなれるんか」
「まずは他人と絡んでみてはどうじゃ。我ながら、初めての相手としては、見てくれも悪うないと思うがのう」

 西秋はそう言って、豊かな髪をかきあげた。
 大木は、生まれてからずっと閉ざされていた扉が、少しだけ開いた気がした。ふいに風が立ち、それまで意識していなかった胸のつかえがすっと取れた。呼吸が楽になった。

「よろしゅう頼みます」

 大木は姿勢を正し、頭を下げた。西秋も厳粛に答えた。

「こちらこそよろしゅうお願いします」
「存外に話が早くまとまったのう」

 そう言いながら、遊具の陰から芦野が優雅に姿を現した。

「大木さん、パルファムにようきんさった」
「いや、芦野。パルファムはもうないぞ。お高く止まったフランス語なんぞ座敷犬にでもくれてやれ」
「どういうことじゃ」
「わしらはたった今から Black Perfume、BP じゃ。ほれ、三人ともえらく黒かろう」

 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。三人をメンバーとする Black Perfume が誕生した。彼女たちが中学一年生の夏のことだった。


つづく

【2007/01/17 18:00】 | あばれ旅
亀戸サンデーストリート イベント広場
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【2007/01/16 00:00】 | 亀戸 | トラックバック(0) | コメント(50)
Black Perfume
あばれ旅


花の東京で天下を取れ! 大木黒綾ノ、西秋黒文香、芦野黒優香。広島出身のBP三人娘が繰り広げる、愛と涙の大冒険。

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Author:pinksun
※このストーリーはフィクションであり、登場人物、団体名等は全て架空のものです。
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